汝、魂をカソウせよ
イセルはひたすら超重量級の一撃を当てて、当てられての攻防を繰り返していた。
呪木龍の方は樹皮のような部分が剥がれたり、枝が折れたりしてきているが、イセルは無傷だ。
「はッ、はは! ハハハハ! なんだかすごく調子がいいぞ! 牙太! おい、聞いているのか、牙太! 聞いてないか? まぁ、別にいいか!」
●イセルちゃんのテンション、ちょっとおかしくね?
●こっわ……
●バーサーカーイセル
●何かの演出でしょ。このあとにすごいことが起きるとかのさ
●イセルちゃん、どうなの?
「何も考えずに呪木龍を殴っていればいい! 最高じゃないか!!」
●おーい、イセルちゃーん?
●やべ、イセルちゃんがあっちの世界にイッちゃってるよ
●コメント見てないな
●このゲーム大丈夫かよ
●私はイセル様を信じる
イセルは高揚感以外の何も感じていなかった。
もうコメントも目に入らないし、自分と敵以外の存在も気にならない。
ただ重い大剣の一撃を呪木龍に叩き付け、叩き付けられ、叩き付け、叩き付けられ――
時折流れでてくる鼻血を拭う程度だ。
「あと少しで呪木龍を倒せる! 倒せるぞ! あのときの借りを返せる! 至らない自分のせいでエルフの森が汚染されてしまったときの借りを!!」
攻撃を続けるイセルの方が優勢だと思ったのだが、呪木龍は意外な行動に出た。
突如、空高く舞い上がったのだ。
イセルの方を無視して上空へ飛翔、何かの壁に当たるような音がした。
『こちら秘書子です。イセル様、まずい状況です。カクリヨを三日間も展開していたのと、想定以上に呪木龍の魔力が高まっていたためか、外側の世界との壁が持ちません。このままでは――』
「今度こそ、今度こそ呪木龍にとどめを刺せる!! エルフたちの悲願を果たせる!!」
『……どうやら聞こえていないようですね。各所に通達。危険ですが、プランBの発動を』
パリンと音がした。
世界が割れた。
カクリヨの不気味な風景は崩れ、煌びやかな夜の東京が映し出される。
●フィールドチェンジ?
●これ東京の箱愛町だろ、見たことあるぞ
●やべぇ。近所住みなんだけど、外を見たら本当にドラゴンがいるじゃん……なにこれ……?
●嘘乙
●いや、Twiitterで動画あがってる
●マジ?
現実の世界に出現した巨大なドラゴン――呪木龍。
それに対して、リスナーたちがざわめき始めた。
●え? リアルでドラゴンが出現ってこと? 周囲の人たち大丈夫?
●事前に何かの撮影ってことで周辺は立ち入れなくなってる
●おまえら馬鹿か、3Dモデルだろこれw
●Twiitterの撮影された動画も3Dモデルが表示されてる、すげぇAR技術だな
●信じられない。家の窓から見えるよ……
秘書子が立案した作戦の中にあるプランB。
もし、カクリヨ内で呪木龍を倒せず、現実世界へ出現させてしまったときの対処。
まずは事前に周辺から人を遠ざけておき、特殊な機材を設置しておく。
これは地球側と天球側の技術を使ったもので、簡単に言うならホログラフと幻惑魔術を組み合わせたものだ。
肉眼で見ても3Dのキャラが戦っているように見える。
『イセル様、カクリヨでは被害はなかったことになりますが、現実では周囲への被害お考えに――』
「呪木龍! 死ね、死ね、死ね!!」
●イセルちゃんこえー……
●でも、ここまで大規模な案件ならテンション上がっちゃうのもわかるわ
●まとめサイトからやってきましたwww
●匿名掲示板からきたやで~ンゴ、ンゴゴゴゴゴゴ
●Twiitterのトレンドからきました
●ニュースサイトからきたけど凄いですね、VTuberの配信って……
●外からのお客さんで同接と登録者数がすげぇことになってきてるぞ!
●祭りだ祭りだ!
現実世界への出現により、登録者数は60万→100万と爆発的に増えてきている。
同接も100万人を軽く超えていた。
ありえない数字だ。
それによりイセルへの魔力供給が一気に高まった。
「これは……身体が熱い……」
●イセルちゃん座って動かなくなっちゃった
●動きすぎて疲れたのならお水飲みなー
●大丈夫か、これ?
●放送事故
リスナーたちからは見えないのだが、イセルは吐血をしていた。
魔力を受け取ったカソウシン#サラマンダーが、イセルの寿命を急激に燃やしているのだ。
炎が火力を高めるのに、酸素を消費するように。
しかし、身体が――魂は限界がきていた。
それを嘲笑うかのように呪木龍は呪いの蕾を開花させ、世界中に死をバラ撒こうとしていた。
「呪木龍……を……倒さないと……」
イセルは動かない足で無理やり立とうとして、ついには倒れた。
それでも這いずるようにして、届くはずのない呪木龍へと必死に手を伸ばす。
思い知る無力さ。
結局、カソウシンという力を手に入れても、魂を生贄に捧げても、見下していた人間たちと同じで無力だったのだ。
エルフの森を救えなかったように、ここでもまた救うことができない。
(自分は……この世界で何を救いたかったんだっけ……)
虚ろになる思考、視界の片隅に映るのはリスナーたちのコメントだ。
●イセルちゃん、無理しないで……
●疲れたなら、もう休もう
●一番大事なのはイセルちゃん本人だよ
(この世界の人間共にも、だいぶ愛着が湧いてしまったな……)
あと数分で呪木龍が開花してしまえば、この地球は大規模な災害に見舞われるだろう。
このコメントをしているリスナーたちも、もちろん死ぬ。
応援してくれている彼らに対して、申し訳ないという気持ちが出てきてしまう。
だが、気持ちだけではどうしようもない。
指先すら動かなくなり、視界が霞んできた。
「エルフのみんな……仇を討てなくてごめん……」
天球世界で待つエルフたちが脳裏に浮かぶ。
妹は責めずに笑顔を見せてくれるだろう。
悔しくて涙が出てくる。
「リスナーのみんな……期待に応えられなくてごめん……」
数え切れない程のコメントが流れていく。
馴れ馴れしく、気に食わない人間共だったが一緒にいて楽しかった。
悔しさが溢れだしてくる。
「最期に……こんな自分に夢を託してくれた牙太……情けないVTuberでごめん……」
一番身近で、一番良くしてくれた相手。
住む世界や種族まで違うのに、最後には家族のように扱ってくれた。
最初のいがみ合っていた頃が懐かしいくらいだ。
最後に直接謝りたかった。
できればもう一度だけ、その差し出された大きな手を握りたかった。
そろそろ目も見えなくなり、それも叶わないだろう。
「牙太……ダメなエルフで……ダメなVTuberでごめん……」
「ダメなわけないだろ、イセル。お前は俺の世界一のVTuberだ」
声が聞こえた。
世界で一番頼れる声が聞こえた。
「待たせたな、配信はまだ続いてるぜ」
「牙太……!」
大きくて熱量のある手が、小さく震えるイセルの手を握りしめてきた。
それは導火線のように全身に炎を――熱く、どこか不器用で優しい炎を行き渡らせる。
身体中に魔力が溢れてくる。
だが、不思議と寿命が燃えるような感じはしない。
「これはいったい……。――ッ牙太、後ろだ!! 危ない!!」
見えるようになった視界に、こちらへ反応してきた呪木龍の強烈な一撃が迫ってきていた。
尻尾の一撃などではなく、全力で噛み砕くという巨大な
二人が鋭く硬い牙に押し潰され、噛み砕かれ、すり潰される未来が見える。
しかし、牙太はその場から動かない。
「お客さん、ライブはもう少しお待ちください……だぜ!!」
牙太の右腕の義手――超高純度オリハルコンが全身に広がり、赤いボディスーツとなっていく。
頭部は硬質なヘルメットで覆われ、バッタのような複眼が付いている。
●スーパーヒーロータイムきたー!!
●特撮ヒーローみたい
●作った奴の趣味がわかるw
●モデルの出来がよくて草
●かっこいいじゃん
●絶対に男の子が好きなやつ
●って、ドラゴンが来てるぞ!?
「オラァッ!!」
ヒーローのような格好になった牙太は右ストレートを放つ。
爆発音。
衝撃によって呪木龍の顔面がひしゃげ、歪み、表皮が弾け飛んだ。
「つ、強い……牙太……なんだその力は……」
「何を驚いているんだ。これはお前の力だ」
「も、もしかして……」
「スキル【同調】でサラマンダーの力を借りた。どういうことかというと――」
***
牙太はサラマンダーの萬田と邂逅して、取り引きを持ちかけられた。
●汝、我を受け入れよ。さすれば力を授けん
「カソウシンであるサラマンダーを……俺が……?」
●左様、汝は憐れな姫と心中する覚悟があると見定めた次第。故に――
「一緒に今死ねというのか? はっ、冗談じゃない」
●汝……今までのことは嘘だったというのか……?
「いいや、本気も本気だね。ただ、死ぬのは今じゃない。こんな理不尽に寿命を燃やされてイセルが死ぬなんて、社長として許せるはずないだろう。だから――」
●……その力は……仮想神である我に干渉するというのか……
「俺が受け入れるんじゃねぇ。テメェが、俺を受け入れろ。〝憐れじゃない姫様〟と〝憐れな神様〟を、俺がスキル【同調】で
●……汝は……何者なのだ……
「俺は烏部牙太だ。カラスのようにどっちつかずで、オウムの一種であるキバタンのようにモノマネをする。ただの、二つの世界に翻弄されている、情けなく……ちっぽけな人間だ!」
イセルに対してスキル【同調】が完璧ではなかったのは、魂に深く結びついていたサラマンダーの方に意識を向けていなかったからだ。
そのどちらとも結びつけば、牙太のスキル【同調】が発動するのも必然である。
***
「――まぁ、詳しい説明はあとにする」
「何となく察したぞ。そうか……どこかで聞き覚えがあったはずだ。死者が溢れかえる辺境の激戦地――ブラッドウォール辺境伯領でスキル【同調】を使う人間が、味方の犠牲者無しで三年も耐えたという伝説の傭兵の逸話……」
「そんな大したものじゃない。必死にやっただけさ」
「……それにしても、何か身体が……魔力が溢れているのに、寿命を燃やされている感じが一切しない」
「イセル、燃やすなら寿命よりもっと良いモノがあるぞ」
「もっと良いモノだと……?」
「それは配信者魂だ! この情熱は無限に湧いてくる! なぁ、コメントのお前たち! お前たちも楽しんでるだろう! この馬鹿げた配信を!」
●まったくわからんが、この徹底的なまでの厨二病ロールプレイ……嫌いじゃない
●牙太社長~! 楽しんでるぜ~!
●こんなムチャクチャな配信滅多にないw
●ええい、そんなことよりイセル様の声をもっと聞かせろ
●イセル! イセル!
「せっかく、俺にもコメントが見えるようになったってのに冷たいな! でも、これは
「そ、それは……」
●たまには良いことを言うな、野郎のくせに!
●誰の配信って? 決まってるじゃん
●イセルちゃん好きだー!
●イセルの配信を見に来てる
●イセル~~~~!!
●森焼イセルは世界一いぃぃいいいいいい!!
「ふっ、人間共にそこまで言われたら仕方がない」
●人間共呼びきたー!
●いつものイセルちゃんだ
●はぁはぁ……もっと見下して!!
●ここのチャンネル登録者たちやべ
●コメント欄が温まってまいりました
「本当に馬鹿でどうしようもない人間共だが……今日だけは感謝を込めて本気で歌ってやる」
●ライブ!?
●デレきtらああああああああああああああああああああ
●またあのヘタかわいい歌が聴けるのか
●イセル様の可憐な歌をヘタ言うなぶっ○すぞ
「今日歌うのは、天球世界に伝わる古い歌をアレンジしたもの……一応、こちらの世界ではオリ曲扱いとなるようだ」
●そういう設定の歌か
●設定じゃない、イセル様は本当にいるんだ!!
●ファンタジー世界の歌をヘタかわいく歌っちゃうの期待
(俺も最初はそう思っていた。外見の可愛いイセルが求められているのは可愛い歌で、そっち方面を歌った方がいいと。だが――)
「おっと、呪木龍が起き上がってきた。俺が押さえておくから、お前は自由にやれ……イセル!」
「では、歌うぞ。曲名は――〝汝、魂をカソウせよ〟」
イセルが幻想的で力強い最初のフレーズを歌うと、コメント欄は急加速した。
●は? 誰これ?
●うっま
●これが本当にあのイセルちゃん?
●すごく大人っぽい
●良い!!
●腹から声出てる
●
●初コメですがチャンネル登録しました
●優勝
「俺がカラオケ屋さんで三味線を弾いて、イセルがこれを歌ったときは驚いたぜ! まさかイセルにはこういう曲が似合うってな! 良いと思ったらチャンネル登録、高評価を頼むぜ!!」
迫り来る呪木龍と戦闘を行いながら、牙太が嬉しそうに話す。
●ウッキウキで草
●イセルちゃんの歌声に被せるなああああああ
●牙太うるせーw
「……本当にすまん、黙るわ」
●シュン……
●立場の弱い社長笑う
●所詮は社長なんて脇役よ
イセルの歌の力は凄まじく、ただの物珍しさでやってきた世界中の500万人近い同接リスナーがチャンネル登録をしまくっていた。
それはVTuber史上、信じられない結果となる。
『牙太社長……チャンネル登録者数が100万人から……200万人になりました……』
(マジかよ!? 一週間ちょっとで200万人って歴史に残るだろ!?)
それと同時に、イセルのカソウシン#サラマンダーの甲冑にも変化が起こっていた。
背中の部分が光り出し、新たな翼が炎のように広がったのだ。
(あれは……配信だけでしかデザインされていない後付けの部分……。もしかして、リスナーたちが見ているモノが、現実に反映されたというのか……?)
言うなればカソウシン#サラマンダーV。
イセルもその変化に気が付いて、歌いながらも大剣を構えた。
翼を羽ばたかせて高く浮き上がり、空中で静止する。
●止まっちゃった
●ドラゴンまで飛距離が足りなくない?
●おいおい、これだからニワカは……三面図に書いてあった厨二設定を忘れるなよ
翼が機械的にサブアームへ変形をして、炎の大剣を支える。
大剣に装着された翼のブースターが火を噴き、ジェット戦闘機のように超加速して空に線を引く。
イセル自らが天かける赤き炎の一閃となり、呪木龍をターゲットにする。
●いっけえええええええ!!
●イセル様がんばれー!
●トドメだぁー!
●勝ち確BGMからは逃れられない
イセルはサビの部分を歌い、シャウトしながら――呪木龍を穿った。
「汝、魂をカソウせよッ!!」
200万人登録となった伝説の配信は、夜の街並みに燃え上がる呪木龍の姿で幕を閉じた。
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