決戦配信、準備

 作戦当日、牙太はイセルに怒鳴られていた。


「牙太も一緒に戦うだと!? お前、正気か!? 一度、呪木龍に殺されかけたんだぞ!!」

「いや~、でもな~。スキル【同調】が上手くいけば多少は役に立つかもしれないしな~」

「〝多少〟で死にに行く奴があるか! 馬鹿!! とにかく、自分は許可しない!!」


 イセルはこれまでにない不機嫌さと怒りを吐き捨てて、どこかへ行ってしまった。

 それに視線をチラリとやる周囲のスタッフたちだったが、準備に大忙しらしく、すぐ仕事に戻っていった。

 居心地の悪くなってしまった牙太に対して、近くにいた秘書子がさらに追い打ちをかけてくる。


「今回ばかりは牙太社長の伝え方が最低だと思います」

「き、厳しいな秘書子くん……」

「私見ではなく、全人類の誰が見ても同じような意見かと」

「そこまでか!?」

「イセル様は、牙太社長をとても心配していたんですよ? それをヘラヘラとフランクにお伝えになっては、最低も最低です。多少は女性への気遣いをお勉強なされては如何でしょうか?」

「……はい、すみません。男牙太、返す言葉もございません」


 牙太は反省したものの、どうすればいいのかわからなかった。

 もっと異世界恋愛シミュレーションを遊んでおけばよかった……などと勘違いすぎることを考えていると、秘書子が助け船を出してきた。


「この状況では自らのお心を正直に話すしかないかと。今すぐにイセル様を追いかけてください。それが異世界ライブ社長として――いえ、この地球側の一番の理解者である〝烏部牙太〟の役目です」

「……秘書子くんにそこまで言われちゃ……やるしかないよな。行ってくる」

「ご武運を、その背に世界の命運がかかっています」

「重い! 俺への言い方ァ!」




 イセルは自然公園の――牙太が腕を失った場所を見渡せるベンチに座っていた。

 とても不安そうで、今にも消えてしまいそうな表情だ。

 最初は元気に声をかけようと思っていた牙太だったが、さすがにそれは実行しにくいので黙って隣に座った。


「牙太……」

「俺はイセルに命を救われている」


 牙太のいつもと違うマジメな口調に、イセルは戸惑い気味に答える。


「救われたのは牙太じゃない、自分の方だ……」

「いや、俺は以前からイセルに救われているだろう。お前が寿命を削ってカソウシンを纏って戦ってくれてなきゃ、地球側もいつかは汚染されちまうからな」

「……詭弁だ。自分は地球を救おうと戦っているのではない……自分のためだ……」

「でも、それが結果的にみんなを救っている。それでカソウシンの研究が進んで、天球側の汚染も除去できるようになれば、Win-Winの関係だ」

「それはそうだが……」

「周りを見てみろよ。今日はスタッフさんたちが、あんなにイセルのためにサポートしてくれている。いや、普段もサポートしてくれているんだが、姿が見えないだけだがな」


 政府の息がかかったスタッフたちが、汗水垂らして必死に機材の設置などを行っている。

 イセルや牙太のような特殊な存在ではない、普通の人間たちだ。

 家族もいるだろうし、それぞれの生活もある。


「あの人たちはイセルが地球を救ってくれていることを理解している。たまに話すけど、お前スタッフさんたちからも人気だぞ」

「そうか……それは嬉しいな」

「他の人々も知らないだけで、いつか秘密が明かされたらイセルに感謝するだろうよ。お前はそういう立派なことをしている。それに――」

「それに……?」

「俺は個人的に、お前に……イセルに救われた」

「き、牙太?」


 真っ直ぐ見つめる牙太の瞳――イセルの蒼い瞳に映っているのが見える。


「昔、地球にいた頃はクソみたいなブラック企業で働いていて、それをVTuberの神凪ナルに救われて、それも裏切られて……強制的に異世界に飛ばされた。そっちでもろくでもない辺境生活だった」

「辺境?」

「で、やっと地球に帰ってきたけど、もう夢や目標なんて何にもない空っぽの人間――それが烏部牙太だった。本当にくだらない存在だと自分でも思っていた。そこから秘書子くんが現れて無理難題を吹っ掛けてくるわけだ。『VTuber事務所の社長になれ』ってな」

「……牙太は迷惑だっただろう……?」

「ああ、すっげぇ迷惑。なまじVTuberさんたちのことを知っているから、素人でどうにかなるはずないじゃねーかと思っていた。けど、森焼イセルというVTuberが酷すぎて、俺でも良くしていける部分をいっぱい見つけちまった。磨けば磨くほど魅力的になるピカピカの原石で、そりゃもう楽しいさ」

「なっ!? 急にどうした、牙太!?」

「これが嘘偽りのない本心だ。俺はお前に夢を見た、だから救われた。命を懸けさせてくれ」


 真っ正面からの言葉。

 どこか自分の存在があやふやでわからなくなっていたイセルだったが、それを受け止めてしまった。

 涙がこぼれ落ちてくる。


「こんな寿命の短い、人間とは違う異世界種族エルフの自分だぞ……?」

「寂しいなら一緒に死んでやるさ。エルフも人間も死ねば一緒だろうしな」

「……ばか」


 イセルは泣き顔を見せたくないのか、牙太の胸板に顔をうずめた。


「お、おい!? 社長はタレントとこういう接触はNGだぞ!?」


 牙太は抱き締めるどころか、手をバンザイポーズにして触れないアピールをしている。

 その表情は慌てきっていた。


「……ばか、牙太……死ぬなよ……」

「VTuber事務所の社長が、タレントを残して死ねるはずねーだろ」

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