決戦配信

 これから行われるのは世界一馬鹿げた配信だ。

 それが世界の命運を決めるかもしれないのだから、正気の沙汰ではない。

 だが、事実やらねばならない。


「秘書子くん、配信の準備はできているか?」

『問題ありません』

「では、最後にもう一度〝台本〟を確認するぞ」


 現在、牙太とイセルは、カクリヨの中に踏み込んだところだ。

 研究段階の特殊な機材を使って、外の秘書子と通信ができるようになっている。

 この通信網を使って、外へ配信も行う。

 それと――普段なら外ではスマホのカメラを使って配信を行うのだが、戦闘中は両手が塞がってしまう。

 かと言って、頭部に装着するようなタイプのカメラでは戦闘で破壊されてしまう可能性が高いだろう。

 そのため無駄に地球と天球の最新科学・魔術が投入された。

 民間機の十年先は進んでいるという軍用試験型ドローンに、防御や認識阻害の魔道具を搭載した。

 これを数百台も浮遊させて、3Dモーションキャプチャーと、ガンマイク集音を行う。

 ドローン本体もお高いらしいが、強引に搭載したモーションキャプチャー用のカメラだけでも一台数百万はするという。

 さすがに防御系の魔道具搭載でも、直撃は耐えられないと思うので、なるべく敵の攻撃を向けないようにしようと誓う。


「順番としては配信開始→OP→イセルの挨拶こんくっころ→3D化の感想を短めに→今日の案件の説明→架空のARゲーム○○での協力プレイと称して俺が出てくる→ぶっつけ本番のライブなどをしながら魔力を高めて呪木龍を倒す……だ!」


 言った牙太自身も目を覆いたくなるような荒唐無稽な台本だ。

 当然、イセルもツッコミを入れてくる。


「き、牙太……実行するのは自分だが……本当にこれは可能なのか?」

「理論上はいける……程度で、確証はないな。正直、可能性は限りなく低い」

「そうか。だが、可能性はゼロではないのなら、このアルヴァンヘイム女王国の姫騎士――いや、VTuber森焼イセルとして奇跡を起こしてやろうではないか! 目指せチャンネル登録者100万人だ!!」

「いや、100万人ってお前……あと50万人くらい必要だぞ? いくらなんでも無名事務所の新人が、一週間ちょっとでそれは現実的じゃないだろう……」

「ふんっ、牙太。貴様の夢を叶えてやろうというのだ。それくらいやれなくてどうする」

「まったく、うちの〝森焼イセル〟は頼もしいことだな。――それでは〝決戦配信〟開始だ!」


 牙太が合図を出すと、空中に浮かんでいたドローンが隊列を組んで広がりながら、隠蔽機能で消えていった。


『了解しました、牙太社長。配信の操作などはこちらでサポート致します。魔力式複合回線、開きました。OPを始めます。明けたらイセル様の挨拶からです』

「ああ、秘書子くん。助かる!」

さんさんにーにーいちいち……スタート』


 配信OPの音楽だけが聞こえてきた。

 画面は確認できないが、ここから十数秒後に任意のタイミングで配信が開始できるようになっている。


「イセル、今のうちにカソウシンを纏っておけ。素の状態だとARモデルへの変換に異常が出るかもしれないからな」

「了解」


 今回はいつもの動く2D立ち絵ではなく、全編3D配信だ。

 この場すべて、ARを通して、ゲーム画面としてリアルタイム処理して配信をするのだ。

 簡単に説明すると、イセルと牙太が、配信ではゲームキャラとして、ゲームキャラの呪木龍と戦っている場面が映るという感じだ。

 この信じられないくらい広大な自然公園で、しかも高速・不規則に戦うであろう者たちをリアルタイム処理するなど頭のおかしい行為だ。

 サポートとして天球側からも技術者がやってきているのだが、長引かせたらボロが出るかもしれない。

 なるべく予定通りに終わらせたいところだ。

 ちなみに、いちいちARにしてあるのは念のための保険・・・・・・・だ。

 そのための仕組みを表側の世界にも用意してある。


「我は育み、我は滅ぼす……。魂を燃やせ、カソウシン#サラマンダー!」


 イセルがカソウシンを纏い、赤い姿となった。


(今聞くと魂を燃やせって……そういう意味か……。どうにかしてやりたいが……)


「牙太」

「おい、ミュートしてるからってまだ俺に話しかけるな。事故ったら悲惨だぞ」

「いや、3Dの自分と、今の自分の姿が若干違うと思ってな……」

「あ~……たしかに配信でのイセルの姿は、ノリで付けたパワーアップパーツの大きな翼装備だもんな……。言うなればカソウシン#サラマンダーV。というか、イセルは3Dの自分が確認できるのか?」

「ああ、カソウシンを通じて〝視えて〟いる」

「便利だな……ただの一般人の俺とは大違いだ……」


 たぶんだが、イセルの眼にはARグラスのように配信・準備画面も見えているのだろう。

 コメントの反応もチェックできるので非常に有用だ。

 リスナーとの一体感が高まれば高まるほど、得られる魔力が爆発的に高まるらしい。

 そうでなければこんなぶっつけ本番より、録画映像で済ませたいくらいだ。

 VTuberでも録画の手法を使っている者もいるが、それはリスナーとの信頼関係をすでに築いているようなものが多い。

 だが、こんな状況の新人〝森焼イセル〟は挑戦するしか道はないのだ。

 そうと考えていると、OPが明けた。

 ここからの主役はイセルだ。

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