スキルの発動条件

 挨拶を済ませた牙太とイセルは、烏部家の道場にやってきていた。

 今日は貸し切り状態だ。

 そこで二人は座りながら話していた。


「イセル、お前さっきはキャラ変わってなかったか?」

「失礼な奴だな。それに相応しい言葉遣いや立ち振る舞いをしただけだ」

「え~? 俺へは~?」

「貴様など、いつも通りで十分だ……馬鹿!」


 イセルの本心としては、牙太の両親だからこそ人間相手でも礼儀正しくしていたのだが、そんなことは言えなかった。


「まぁ、イセルが俺に敬語を使ったりしてきたら気持ち悪いしな」

「……言い方ってものがあるだろ」

「さて、本題だ。ここにやってきたのは道場を使うため。イセル、手合わせを頼む。本気で」

「合法的に牙太を叩き殺せる良いチャンスだ」

「……やっぱり、お手柔らかに」


 二人は竹刀を持って構えた。

 一般人が見てもわからないが、魔力で竹刀が強化されて鉄のように硬くなっている。


「いくぞ!」


 牙太、先手で一歩踏み込んだ。

 横薙ぎに振られる竹刀。

 イセルが竹刀で受け止めてくるか、後ろへ下がって回避するかと思った。

 しかし――


「威力が足りないぞ、牙太!」


 イセルは左の上腕部で竹刀を受け止めた。

 竹刀が鉄のような堅さになっているのだが、イセルもまた腕に魔力を込めてガードしていたのだ。

 魔力を通された布製の服が、鋼鉄の鎧のように感じられる。


「今度はこちらからだ!」


 イセルも同じように横薙ぎの一撃を放つ。

 牙太は先ほどの行動を真似て、魔力を通した左腕で防ごうとした。

 だが、圧倒的な魔力、経験不足でダメージが貫通。

 腕が折れるのではないかという衝撃と共に吹っ飛んだ。


「こ、この馬鹿力エルフが……」

「腕力自体は、たぶん牙太の方が上だぞ。お前は魔力の使い方が下手なのだ」

「正論すぎるド正論ありがとうございます、エルフ様。けど、エルフってのは魔力の使い方が上手すぎるんだよ……」


 エルフというのはスラッとしていて優雅な種族というイメージがあるのだが、実際のところは杖を持てば魔術で圧倒、弓を持てば百発百中、剣を持てばこの通りの戦闘民族でもある。

 人間が勝てるところなど、どこにもないように思えてしまうほどだ。


「とまぁ、ここまでが以前の俺だ」

「以前の牙太……? 負け惜しみか? それともどこか頭でも打ったか?」

「イセルてめぇ、やっと減らず口の調子が戻ってきたな!」


 牙太は、未だにジンジンとする左腕を感じながら立ち上がった。

 そして、再びイセルの前に立って構える。


「一つだけ頼みがある。俺を受け入れろ」

「……な、何を言っているんだ」

「いや、俺のスキル【同調アライメント】は拒否されると発動しないからな……」

「スキル【同調】だと? どこかで聞いたことがあるような……」

「とにかく、これは選んで同意してくれた対象と同じような力を得るスキルだ。ただし、条件は弱い……というかそこまで強くない相手……だと思い込んでいた」

「思い込んでいた……?」

「イセルは、俺が呪木龍の一撃を受けて、腕一本だけで済んだのを不思議に思わないか?」


 カクリヨ内での呪木龍は、イセルが以前戦ったときよりもずっと強化されていたのだ。

 それこそ、イセル本人が一撃で死を覚悟するほどに。

 その一撃を、牙太が片腕を犠牲にしただけで何とかなっていた。


「たしかに……牙太はカソウシン#サラマンダーを纏ってすらいない自分に吹き飛ばされるような奴だ……」

「認めると泣きたくなるが、その通りだ。どうやら俺は、そのときスキル【同調】を発動させることができていたらしい」


 牙太の経験から、異世界転移した直後の王城でスキル【同調】が使えたのは、最初に出会った第一村人だけだった。

 他の牙太を警戒・見下していたような強者たちからは、まったく効果を得られない。

 傭兵となって辺境で戦っていたときも、周りの傭兵仲間には使えたのだが、イセルのような規格外の強さを持つメンバーはいなかった。

 しかし、この前イセルに使えたということは――


「そこで俺は一つの仮説を立てた。もしかして……」

「も、もしかして……?」

「相手と仲良くなったら、スキル【同調】が使えるようになるんじゃねーかなーと」

「……は?」

「いや、だから、仲良くなったら……」

「牙太、そんな子どもじみている馬鹿げた条件があるはずないだろう」

「そ、そうか……。もしかしたら、実はイセルとも仲良くなれたかもしれないと思っていたのだが……」


 それを聞いたイセルは複雑そうな表情をしていた。


(牙太と仲良くなっていると肯定したら、自分が恥ずかしすぎるじゃないか……!)


「ふんっ! お前と仲良くなっているはずなんかないだろう!!」

「そうか~……。でも、試してみるか。スキル【同調】をイセルに使用っと……」


 何となく勘で使えそうな気がしたので、牙太はイセルに対してスキルを使用した。

 すると、身体中に力が漲り、竹刀が自分の手の一部になったような感覚が出てきた。


「……使えたぞ?」

「き、牙太の気のせいだろう……」

「いや、だって、ほら。魔力をすごい扱いやすくなってるし、剣への意識も鋭敏に……」

「気のせいだって言ってるだろ、馬鹿人間がぁー!!!」


 なぜかイセルがキレてかかってきた。

 有り難いことに、前回と同じように竹刀を横薙ぎしてきたので、物は試しと同じように腕でガードする。

 全身の魔力を、竹刀がぶつかる瞬間にだけ集中させる。

 絶妙なタイミングを計るために、相手の剣筋を理解しなければならないが、今のイセルとの同調状態なら問題はない。

 まるで生まれ変わったかのような新たな視界と感覚で難なくこなす。


「いてぇ……けど、受け止められるな!」


 ガードに成功した牙太は、これもテストのために竹刀を横薙ぎに振る。

 今までと明らかに速度が違うし、何なら重さすら別物に感じる。

 空気が斬れる音が耳に心地良い。

 命中。


「くっ! この返しは……見事……!」

「ほとんどイセルの力だけどな」


 ついにイセルは竹刀で防いだ。

 腕で防いだらまずいと本能で察したのだろう。

 それでも受け止めきれずによろめいている。

 実戦なら、この隙に攻撃を当てることもできるだろう。


「いや、自分と同じ力を持つのなら、体格や筋力のある牙太が勝る。それにまだ、右腕・・の力を使っていないだろう?」

「俺は魔力を蓄えてないから、あんなものを本気で使ったら干からびて死ぬぞ……」

「では、カソウシン#サラマンダーを纏った状態でも試してみよう。なに、別に負けて悔しいから牙太をボコボコにしたいというわけではないぞ。本当だぞ」

「た、試すのは嬉しいですがお姫様……目が笑っていらっしゃらないですわよ……」


 ――その後、本気っぽいイセルにボコボコにされた牙太だったが、カソウシン#サラマンダーの状態にはスキル【同調】は使用できないと判明した。

 仮説の〝仲良くなる〟というのが条件なら、仲良くなるというのはどういう定義かというのを考えてしまう。

 今の段階では、配信を通じて、オフの日で遊んで、家族を紹介して仲良くなった。


(以前の傭兵仲間との仲良くなった記憶を考えるに、次は戦場で命を預けるような状態で仲良くなる……ということになるのか? そう考えると、あとはもう当日にぶっつけ本番だな……。失敗したら、この世とお別れだが……)


 イセルは気が付いてなかったが、牙太が実家に帰ってきた本当の目的。

 それは呪木龍との戦いに参加して死ぬかもしれないので、最後に家族と会っておきたかったからだ。

 担当しているタレントにそんな弱みを見せて不安がらせるわけにもいかないので、いつも通りの笑みを見せていた。

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