ご両親へのご挨拶

「本日はお忙しいところ、ありがとうございます。烏部牙太さんにはいつもお世話になっております」

「んーっと、コイツは俺が仕事で受け持っているタレントさんの森焼イセル。まだ日本にあまり慣れてないけど、大目に見てやって」


 牙太の家――その和室の中で、きちんと正座をして礼儀正しく挨拶をするイセルと、我が家なのでラフな牙太、それと牙太の父と母が座っていた。


「お、おほほ……牙太ちゃん、ちょっとおよろしいかしら?」

「き、牙太お前……我が息子ながら……」

「なんだよ、気持ちわりぃ喋りだな……」


 父と母が、牙太を掴んで部屋の外まで連れ出した。

 いわゆるコソコソ話である。


「あんな可愛くて小さな子を……牙太ちゃん、モテモテね!」

「牙太、犯罪はいかんぞ、犯罪は! 父さんも、最初は母さんを略奪婚したが……」

「んなわけねーだろ! フツーに仕事の関係だ!」


 色恋沙汰になると面倒臭くなる両親ムーブを振り払い、牙太は和室に戻った。

 父と母の方も、息子のことだからこそ信用できないという風に警戒しつつ戻る。


「コホン、森焼イセルさんでしたっけ。息子の牙太から脅されたりしていませんか? その場合は父親である私が腹を切ってお詫びを……」


 牙太は内心恥ずかしくて死にそうだったが、イセルは気品あるお姫様スマイルをした。

 普段のクソダサTシャツではなく、服屋でマネキン買いしてきた物なので、ただの可憐な女子中学生にしか見えない。


「いいえ、牙太さんにはとてもお世話になっております。これ、つまらない物ですが。……あ、本当につまらない物とは思ってなく、日本ではそう前口上を言うらしいので……。お二人がお酒を嗜むと聞いて、それに合うお肉を探してみました。お口に合うとよろしいのですけれど……」

「こ、これはシャトーブリアン……!?」


 物凄く高い肉だ、と牙太とその両親は度肝を抜かれた。

 事実、大きなきりの箱に入ったこれは六桁のお値段はする。

 お貴族様の肉だ。


「こ、これがイセルの……お姫様の感覚……。しかし、物で釣られるほど俺の両親は甘くは――」

「牙太ちゃん、とても良い子じゃない。式はいつなの?」

「我が息子、牙太よ。チャンスを逃すなよ!」

「ゲロクソ甘かった」


 イセルの豹変っぷりと、自らの両親の反応に頭を抱えてしまう。

 牙太は、とりあえず誤解をどうにかすることから始めた。


「だから、俺とイセルはそういうのじゃねぇって。言ってもわからないかもだけど、俺はVTuber事務所で働いてて、そこのVTuberの中身がコイツだ」

「VTuber……なんか可愛いアニメキャラみたいな感じで喋る人よね?」

「あー、そういえば牙太は小さい頃からアニメが大好きだったな。そうか、たしかに実際の女の子に手を出す度胸はないか」

「父さん、ナチュラルに息子をディスるのは止めろって……」


 ちなみにイセルがVTuberだということは、特例としてある程度話すことが許可されている。

 本来ならガチガチに機密として固めた方がいいのだが、VTuberという職業はメンタル面が非常に大きく左右するので、そこを天秤にかけたのだ。

 実際、大手の事務所でもご家族や友人には明かしているケースも多い。


「あー、それとイセルの耳は生まれつきのものだから、あまり気にしないでやってくれ」


 さすがにエルフだと言うわけにはいかないので、元々の体質的なものということにしておいた。

 なぜかイセルは今回、耳のことを気にしていたのもある。

 普段は『人間共!』という風に言って、周囲が自分に合わせろという物言いなのに。

 たしかに、この世界では〝普通〟ではないので、身体の形が他人と違うだけで攻撃してくる者もいるだろうが――


「あら、そうなの。イセルちゃん、可愛いお耳ね」

「え? 可愛い……ですか?」

「ああ、イセルさんの耳はとてもステキだ」

「あら、パパ。私、今夜耳を伸ばしてみようかしら」

「ははは、ママは何をやっても似合うからね」


 両親のやり取りにシラケた表情を牙太はしてしまうが、その渦中にいるイセルはどこか嬉しそうで、ふと涙をこぼした。

 突然の行動に場が凍り付いた。

 もしかしたら、エルフと人間の差で何かやらかしてしまったのかと心配してしまう。


「お、おい。イセル?」

「イセルさん、どこか具合が悪いのかい!?」

「はい、イセルちゃん。ハンカチ」


 慌てふためく男性陣と、すぐに切り替えてハンカチを差し出す母。


「ありがとうございます。こんなことを烏部牙太さんのお父様、お母様に話してしまうと戸惑われてしまうかもしれませんが、自分の家庭は複雑であまり仲が良くないので……。ここはなんだか温かくて、家族っていいなって……」


 そういえば、イセルは長女でありながら、将来の女王は妹の方だという。

 王族ということで様々な事情もあるのだろう。

 ただでさえ、エルフの森を汚すキッカケを作ってしまったり、寿命を削ったりしながら戦い続けたのだ。

 それらを踏まえて普通の家庭など経験できるはずもない。


(まぁ、そういう事情があれば、俺の家族に対して色々と感じてしまうんだろうな……)


 そう思い、気遣って何か声をかけてやろうと思ったのだが、両親が割り込んできた。


「イセルちゃん! 私たちを家族と思ってくれてもいいのよ!」

「イセルさんはまだ小さいんだ。いっぱい、甘えなさい」

「え、あ……ありがとうございます」


 どうやら、牙太が言わなくても平気なようだ。

 なんだかむず痒くなってしまったので、少しだけ部屋の外の空気でも吸おうかと思ったら、フスマの隙間から視線を感じた。

 外の空気を吸うついでに移動しながら、そこで覗いていた妹に挨拶をした。


「よっ、元気にしてたか?」

「そ、それはチャットでいつも連絡してるから知ってるでしょ! それより、あれってイセル様だよね! 今をときめく、超話題のVTuber! リアルもファンタジー世界のお姫様みたい!」

「あー、お前はVTuberを知ってたっけ……」

「メッチャ見てる! 学校でも人気!」


 年の離れた可愛い妹は、どうやら牙太のオタク部分を受け継いでしまったらしい。


「守秘義務ってやつがあるから、ヒミツだぞ」

「うん! 大丈夫! でも、代わりにサインもらってきてほしい! ちなみにこれはサインをくれれば黙っている、というわけではなく、純粋にサインがほしいだけで、でも、直接話すのはおこがましいかなって……そういう意味だからね! あ、でも名前は入れてもらえると嬉しいかも……あと一言メッセージとか……それからそれから……」

「ヤベー早口オタクだ」


 そんなやり取りをしていると、呆れ顔の牙太の後ろからイセルがやって来ていた。


「牙太? どうした?」

「あ、ああ。妹がお前のファンだってさ」

「ひゃあああああああああああああああああああああ」


 妹の事件性のある悲鳴が響き渡った。

 イセルはそんなことも気にせず、姫騎士らしく気品ある一礼をした。

 そして妹の手をギュッと握った。


「いつも見てくれてありがとう、これからも森焼イセルをよろしく頼むぞ」

「ひゃいいいいいいいいいいいい!!」

「……もしかして俺って、以前はこんな風に見られていたのだろうか? ちょっと反省してしまう」


 妹の振り見て我が振り直せ、ということなのだろう。


「我ながら、この烏部家は大丈夫なのか……」


 ちなみに烏部家には祖父と弟もいるのだが、そちらは出かけてしまっている。

 現状を考えると、いなくてよかったのかもしれない。

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