森焼イセルは夢を見ない
「ああ……自分は死んでしまったか……。思っていたより、少しだけ早かったな……」
「イセル、本当に夢はないのか?」
「牙太か……黄泉の国へ道連れにしてしまったようだな……すまない」
「そんなことはどうでもいい、夢の話をしようぜ」
馬鹿で強引なところは死んでも変わらないな、と笑ってしまう。
「自分の夢はない……というか、持つことができなかった」
「どうしてだ?」
「寿命……だ」
「ちょっと待て、エルフの寿命は人間よりもずっと長いだろう? もしかして、イセルって相当なお年寄りなのか?」
「貴様……デリカシーがないな。人間の外見基準でいえばこれでも成人しているのはおかしいだろうが、老衰という歳でもない」
いつも外見の幼さで擦られるので、つい反論にも熱が入ってしまう。
「それじゃあ、なんで寿命なんて……」
「カソウシン、これは漢字でなんと書くと思う?」
「仮装の身体と書いて〝仮装身〟……か?」
「それも正解だが、自分はこう思っている。身に纏う者を火葬する人工神……〝火葬神〟とな……」
「それは……」
「カソウシンを身に纏う者は、多かれ少なかれ何かの代償を払っている。自分の場合は寿命だっただけだ」
「ひどい話だな……」
「そうかもしれないが、自分で覚悟を決めて選択したんだ」
「それでもだ……俺はひどいと思う。この感情は俺だけのモノだ。誰にも否定はさせない」
「ふふっ、これが厄介リスナーというやつか……」
フワフワとした感覚の中、笑みがこぼれてしまう。
「もっと早くに言ってくれればよかったのにな」
「すまない、牙太。死んでから初めて素直になれたよ。もっと、早くに打ち明けられていれば、お前だけでも生き残っていたかもしれないというのに……」
「ばーか、死んでねぇよ。俺もお前も……!」
その言葉でイセルの意識がハッキリとしてきた。
聞こえていたはずなのに、誰かが近くで戦っている音に気が付いていなかった。
ゆっくりと目を開けると、そこには右腕を失いながらも、血だらけで触手を切り払う牙太の姿があった。
「牙太……お前……腕が……」
そこで気が付いた。
イセルは満身創痍ではあるが、本来ならあるはずの致命傷がどこにもないのだ。
「もしかして……寿命の短い自分なんかを……、命がけで……呪木龍の一撃から庇ってくれて……」
「なぁに。社長がVTuberを守った際のかすり傷だ、気にするな」
どう見てもかすり傷どころではない。
応急手当すらされておらず、血液をまき散らしている姿は半死に見える。
イセルはショックで気が動転して何も考えることができない。
「イセル、動けるか?」
「えっ!? う、動けそう……だ……」
「それなら情けない話なんだが、俺じゃ触手を倒すこともできなさそうだ。カクリヨのエリアの端までいって現実世界へ離脱しよう」
「わ、わかった! 今すぐ牙太を外で治療してやるからな!」
牙太によって目的意識を持たされ、ようやく自分の身体が動くようになった。
牙太は戦い慣れているだけではなく、倒れた仲間を救う術も知っているなと感じた。
(ただ一人強いだけの猪騎士な自分とは違い、牙太は仲間みんなを生かすような戦い方をしていたのだろう……)
イセルは牙太に肩を貸しながら、その場を急いで離脱したのであった。
***
政府の手回しがされた病院で、牙太の治療がされることになった。
イセルと秘書子は待合室の椅子に座っている。
「自分のせいだ……自分がもっと牙太の声に耳を傾けていれば……牙太を信頼していれば……」
「イセル様……」
重い空気が漂う中、秘書子はノートPCとスマホで各所とやり取りをしていた。
「牙太の容態はどうなんだ……?」
「最先端の医療技術と、天球側の魔術的な治療方法も取り入れ、片腕は失いましたが命に別状はない……はずでした」
「な、何か問題があったのか?」
「呪木龍の攻撃による〝呪い〟のようなものが侵食していて、このままでは死に至ると思われます」
地球側が異世界に接触したことにより、本来の高度な施術はさらに進歩した。
だが、その科学と魔術を組み合わせても、マガツカミの恐るべき力を凌駕するのは難しい。
「そんな……何とかならないのか……自分にできることなら何でもする……」
「何でもする、と仰いましたね?」
急に秘書子が反応してきた。
こんなときに冗談を言うような相手ではないのは知っている。
「あ……ああ。何でもする」
「では、呪いの対抗触媒となる神々の金属――それも超高純度のオリハルコンをアルヴァンヘイム女王国から入手して頂きたく……」
「オリハルコン!? アレは我がアルヴァンヘイムの国宝――……と言っている場合ではないな。心得た、命の恩人を助けるため、エルフの誇りにかけて入手してくる」
***
次の日、牙太は病室で目覚めた。
最初に確認したのは、自らの右腕だ。
なぜかあるのだ。
それもどう見ても生身の腕。
「もしかして俺ってトカゲか、緑色の宇宙人か……?」
「いいえ、牙太社長は正真正銘、ただの人間です」
その声にビクッとした。
牙太が寝ているベッドの近くで椅子に座っていたのは、いつもと変わらない秘書子だった。
「あ、おはよう。秘書子くん」
「おはようございます、牙太社長。意識はしっかりしているようですね。痛いところはありませんか? 違和感を感じるところは? 後ほど、お医者様……といっても政府の研究者ですが、その方をお呼びします」
政府の研究者、という言葉で牙太は思い出した。
たぶん少し前のこと――意識を失っているようで、途中から声が聞こえていたのだ。
『呪木龍の呪い、これは珍しいケースだ。ほぼ間違いなく死ぬ。研究の礎となってもらおう』
『いえ、牙太社長には生き残ってもらわなければなりません』
『小娘が何を……』
『どうかお願いします』
『土下座……されてもな……』
『超高純度オリハルコンをエルフの女王から下賜して頂きました。牙太社長を助けることが条件です』
『何!? 超高純度オリハルコンを研究できるチャンスじゃないか! それを計算に入れると……生存確率は1%程度だが、研究としては美味しいな……』
『そして、牙太社長の死後は返却予定となっております』
『仕方がない、全力で凡人の命を助けてやろうじゃないか。こっちが本気を出せば生存確率100%だ』
『ありがとうございます』
『触媒を取り付ける方法……今、何かパッと思いついたぞ! 義手にするか! ははは! 誰も思いつかないようなユニークな方法だ!』
(片方はわからないが、もう片方は秘書子くんの声だった……。俺のために……)
牙太は、秘書子に真剣な眼差しを向けた。
「ありがとうございます」
秘書子本人から何も言ってこない状況、気遣いをさせてしまうのもいけないと思ったので一言だけにしておいた。
「感謝をするなら、イセル様にです」
「イセル……? そういえば、アイツは無事なのか?」
「無事……と言えるかどうかは怪しいですね」
「それはいったい、どういう――」
説明するより早いという感じで、秘書子はタブレット端末を見せてきた。
そこには生配信中のイセルが映っていた。
中の人を読み取っている表情はどんよりとしていて、元気の欠片もない。
言葉も頻繁に詰まり、テンションも地に落ちている。
そのあまりの豹変っぷりにコメント欄は杞憂民であふれかえっているくらいだ。
「あの馬鹿……」
「牙太さんのことがよっぽど心配のようですが、毎日の配信だけは絶対にやり遂げると言って聞かないもので」
「毎日の……配信を……?」
それは牙太のアドバイスを汲んでだろう。
そう思うとなんだか、むず痒くなってきてしまう。
「まったく、VTuberとしての心がけは立派だな!」
牙太はDeathcordで『起きた。俺は元気だから気にせずやれ』とチャットを送った。
すると、画面の向こうのイセルは表情をパァッと明るくして、いつも通り――いや、それ以上にVTuber〝森焼イセル〟らしく配信をしたのであった。
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