マガツカミ#呪木龍
秘書子が運転する車が迎えに来て、〝ギャラルホルン・アラート〟が反応する地点へと移動中だ。
牙太とイセルの間には重い空気が漂っているが、緊急事態なので考慮はされない。
秘書子が概要を説明していく。
「今回出現したのは、マガツカミ#呪木龍と、産み出されたモンスターです」
「呪木龍だと!?」
その名前を聞いてイセルが声を荒らげる。
今まで敵相手にそんな態度を取ったところを見たことがなかったので、つい気になってしまう。
「その呪木龍とは……?」
「そうですね……。牙太社長は、マガツカミのことをあまりご存じなかったですね」
「ど、どういうことだ……」
「地球と天球は表裏一体。これはマガツカミも同じなのです」
「まさか……」
「すでに天球世界では呪木龍が出現しています。その際に――」
途中まで出しかけた秘書子の言葉を、イセルが代わりに言う。
「その際にエルフの森を汚染した。倒したのは自分だ……汚染されるとわかりながら、この手でトドメを刺した……」
「そうだったのか……」
牙太はかける言葉がない。
『辛かったね、気持ちはわかる』と嘘で慰めるか? 『もっとやりようがあった』と部外者が無責任に指摘するか? そんなことはできない。
彼女は理解しながら、それしか手段がない状況で自ら決断したのだ。
「だが、今の自分は違う……。あのときは存在しなかったカソウシンを纏い、すべてを終わらせる……」
「そ、そうだな。カソウシンを纏って敵を倒せば、汚染させずに倒せるんだもんな。何も問題ないよな!」
その通りのはずなのだが、どこか秘書子の瞳が愁いを帯びているようだった。
呪木龍とモンスターを閉じ込めている結界――カクリヨへと二人は突入した。
今回、
本来なら牙太も待機していて構わないのだが、自ら志願した。
ようやく武器――異世界で愛用していた剣を用意してもらえたので、モンスターを少数弱らせることくらいできるだろう。
「牙太、絶対に自分より前に出るなよ」
「わかってる、俺は弱いもんな。それくらい自覚してるよ」
「……」
イセルは否定も肯定もせず、前へ進む。
本来ここは記念公園で、緑溢れる広い敷地を誇る場所のようだ。
それが世界の裏側であるカクリヨの世界では、逆に不気味に思える。
地形的に見晴らしがよく、すぐにマガツカミ#呪木龍が見えてきた。
「アレが呪木龍か……大きいな……」
サイズは十メートルくらいあるだろうか。
樹木のように硬くひび割れている表皮、ドラゴンと呼ぶのに相応しい鋭い爪、牙、目。
どうやら背を向けていて、こちらには気付いていないらしい。
「牙太、アレはまだ育ちきっていないようだ」
「え?」
「以前と同じなら、呪木龍はまだ成長する。翼のような枝葉を生やし、地中に潜伏して根を張り、現在の何倍も強く大きくなる」
「厄介な相手だな……」
「ああ、だが自分と再びはち合わせたことが運の尽きだ。弱点は……炎!」
「そうか、イセルは一度攻略しているんだもんな」
一番の恐怖は〝未知〟である――と誰かが言っていた。
強敵ではあるが、すでに〝既知〟となっている呪木龍なら問題はないだろう。
弱点もわかっている。
そのはずだが――牙太は何か引っかかるところがあった。
自信なくためらいがちに言葉に出そうとしたところで、すでにイセルは行動に移していた
「我は育み、我は滅ぼす……。魂を燃やせ、カソウシン#サラマンダー!」
イセルは〝力ある言葉〟を放つ。
身体に火の魔力が集まり、硬い鋼鉄を形作っていく。
手には巨大な大剣、蒼い眼と金色の髪は燃えるような赤に染まっていた。
その魔力に気が付いたのか、呪木龍がこちらをゆっくりと振り向こうとしていた。
「ゆくぞ呪木龍! 森焼イセル、この炎の一刀をもって、貴様を再び地獄へ送り返してやる!」
イセルは走った。
この速度なら、呪木龍が振り返って攻撃態勢に移るまでには間に合うだろう。
先ほどの経験からの言葉が正しければ、初撃で倒せるに違いない。
だが――もしも――
「イセル! 何かおかしい気がする!」
「人間の言うことなど聞かない! 勘違いして、必要以上に馴れ合うな!!」
「くそっ、どうしたってんだ」
どうも『牙太とイセルでは違う』という話をカラオケ店でしてから様子がおかしい気がする。
牙太は足回りになけなしの魔力を集中させ、必死にイセルを追う。
何事も無ければ、ただ弱い牙太が振り回されているだけで済むのだが、どうにも拭えない不安があった。
「エルフたちの怒りを食らえ!」
イセルによる渾身の一撃。
それは呪木龍の無防備なわき腹にヒットした。
イセルは配信によって魔力も満タンの状態で、以前よりも格段にパワーが増している。
これに耐えられる敵はいない。
「な……に……!?」
――はずだった。
〝既知〟というのは、何を持ってそう定義するか。
相手が成長していない場合だ。
イセルの渾身の一撃を受けて無傷だった呪木龍は、現時点を以て最大の恐怖対象である〝未知〟となった。
「それなら死ぬまで斬りつければ――くっ!?」
イセルとて戦いの経験があるエルフの姫騎士。
恐怖には屈しない精神を持っていた。
しかし、今回は状況が悪かった。
物理的な伏兵が潜んでいたのだ。
「放せ!!」
地面からは触手が飛び出て来て、イセルの手足を拘束した。
その太さは子どもの胴体ほどはあった。
魔力を込めた腕力でも振り解くことができず、炎の大剣が届く位置でもない。
ようやく振り返った呪木龍が、興味なさげにゴミでも見下ろすかのような目を向けてきた。
気怠そうに尻尾を大きく振り、トゲだらけの鞭のようにしならせてイセルへ放つ。
固定された小さなエルフに対して、大木のような尻尾のフルスイングを当てればどうなるかは想像に難くない。
「あっ」
小さな声と、恐怖の表情。
年相応の反応というものを、イセルは初めて見せたのかもしれない。
無情にも響く轟音。
大木のような尻尾がなぎ払われ、周囲数キロまで破片の散弾が飛び散る。
記念公園はたったの一撃で完膚なきまでに破壊された。
残ったのは残骸や砂ぼこり。
元々〝弱者〟へ興味がなかった呪木龍は、地中に潜っていった。
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