カラオケエルフ
「ちょっと疲れたからどこかで休もうぜ」
「何だ、少し歩いただけでもう疲れたのか。これだから軟弱な人間は……」
「いや、身体は疲れてないが、人混みが苦手で精神的に疲れたというか」
牙太は基本的に陰キャインドアオタクである。
身体は鍛えてあっても、それは室内だったり、人の少ない場所でトレーニングをしたりだからだ。
社会人のときは〝仕事〟という目的意識で何とかしていたし、異世界の傭兵時代はそんなに人口密集地へ行かなかった。
このことを話せば、きっとイセルは『心まで軟弱なのか人間は!』と罵ってきそうだが、背に腹は代えられない。
覚悟をしてイセルからのリアクションを待っていると――
「そうか、それなら仕方がない。どこかで休むか」
「イセル、珍しく優しいな? 肉を食っておかしくなったか?」
「ほう、叩き斬られたいか?」
「い、いつものイセルだな……」
本当に斬ってきそうな気迫にビビってしまう牙太。
イセルはふと優しげな表情を見せる。
「妹も人混みが苦手でな。いくら
「わたし?」
「……自分、だ! 聞き間違えだろう!」
「もしかしてイセル、妹と話すときは一人称が幼い頃に戻るみたいなパターン……」
「それ以上言うとサラマンダーで焼き尽くすぞ」
「斬るよりひどくなっている」
斬ったり焼かれたりしないうちに、牙太はどこか休めそうな場所を探す。
丁度、近くに行ったことのある店を発見した。
「あそこにしよう」
「何の店だ?」
「歌ったり軽食を摂ったりできる店、カラオケだ」
個室に案内され、肉とソフトドリンクを注文してからマイクを取った。
使えそうな簡単な楽器も置いてある。
牙太は、ふむふむと観察した。
「どうしたんだ、牙太?」
「いや、カラオケは小学校以来だから色々と見ている」
「こういう店舗は街によくあったし、人間共にはなじみ深い施設ではなかったのか?」
「バカを言っちゃあいけねぇぜ、お姫様! 一人カラオケが趣味ならともかく、陰キャボッチがこんなところに普段くるわけねぇですぜぃ!」
「意味はよくわからないが、何やら悲惨というのは伝わってきた」
「分かって頂けたのなら幸いでございます。ほれっ、マイクだ。普段配信で使うのとは違い、手で持つタイプ」
牙太は自分で歌う趣味がないので、イセルにマイクをパスした。
「自分が歌うのか?」
「VTuberさんたちはな、見えないところで歌や踊りの努力を積み重ねているんだ。それは剣技も――」
「剣技も一緒と言いたいのだろう? 理解した。選曲は任せる」
牙太は以前の歌配信で使った曲を選んでみた。
まずはレパートリーの完成度を高めようという意図だ。
「~♪ ~♪」
イセルは一生懸命歌うも、相変わらず下手である。
「イセルに合いそうな可愛い曲を選んでいるんだがなぁ……」
「むぅ……。妹は褒めてくれたのに……」
そこでふと気が付いた。
「イセル、妹さんが褒めてくれた曲って覚えているか?」
「曲……というほどではない。天球世界の戦場で歌う気付けのようなもので、誰が作詞作曲したかもわからないもので……」
牙太は置いてあった楽器――パーティーグッズのような簡易的な三味線を手に取った。
「それはこんなメロディーか?」
牙太は慣れた手つきで
繊細で軽快な音が、不思議と戦場の熱や重さのリズムを奏でる。
和風でありながらどこか異国を感じさせる曲だ。
「そ、そうだ……。牙太、お前楽器が弾けたのか……」
「和風なものを少々な。異世界でもカンカラ三線という手作りの物で部下たちを楽しませていた」
空き缶、棒、釣り糸でもあれば簡単に作れるオモチャのようなものだが、異世界ではこれに何度も助けられた。
音楽というのはどこの世界でも共通で、これさえあれば荒くれ者相手でも仲良くなれることがが多かったのだ。
「この曲はこっちの戦場でも伝わっていた。さぁ、歌ってみろ」
「ああ、わかった」
プロの演奏と比べると拙い三味線の音色だが、イセルはそれに合わせて歌い始めた。
牙太はそれを聞いて、なるほどという表情をした。
「そういうことか……」
「どうした、牙太?」
「イセル、
つい熱を持って語ってしまう牙太だったが、イセルの表情は暗かった。
「自分に……夢などない……」
「イセル?」
どこかおかしい。
「どうしたんだ、イセル。マガツカミを倒して研究を進め、エルフの森を復活させるとか言ってなかったか?」
「それは自分個人の夢ではない……誰かが引き継いでやってくれることだ。将来の夢なんて……持つことは許されない」
「ゆ、夢くらい誰だって持ったっていいだろ?」
「夢くらい、か。それを許されるのはお前のような幸せな奴だからだろう。自分とお前は違う」
諦めるようで、言葉の底には諦めきれないような熱さが籠もっている。
今のイセルは何かがおかしい。
「俺とお前で何が違うっていうんだよ……?」
「違うさ。カソウシンを身に纏う者と、そうでない者。とてつもなく違うさ……」
「俺が弱いってことか……?」
それは牙太が気にしていることだった。
いくら魔力補給の手助けをしても、実際に危険を伴って戦うのはイセルなのだ。
牙太は素で戦っても弱く、スキル【同調】も異世界で身近な弱い相手にしか使えなかった。
仲間内で犠牲者を減らすことだけに手一杯だった。
その程度の男なのだ。
牙太は過酷な戦場でそう胸に刻みつけられ、慚愧に堪えない。
「牙太……自分はもう――」
イセルが何か言おうとしたところで、スマホに入っている〝ギャラルホルン・アラート〟が鳴り響いた。
「東京にモンスターと……マガツカミ本体が出現しただと!?」
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