人間とエルフの服センス
元気に前を行くイセルと、対称的にゲンナリとしている牙太。
「ハンバーガーはお手軽安定でコスパが良く、ステーキは肉厚でガッツリ、しゃぶしゃぶは繊細さと和の心、焼肉はジュージューでテンションが上がるな! 牙太!」
「うぇっぷ……」
「どうした、牙太? お前は見ていただけだろう?」
「さすがにあの量は見てるだけで胸焼けがする……。身体のどこに入っていってるんだ……」
「動くと腹が減るのは当然だろう? 鍛錬は欠かさずやってるしな!」
「超人的カロリー消費か……」
イセルは妊婦のように大きくなったお腹をポンポンと叩いている。
目の錯覚でなければ、食事直後より萎んでいる気がする。
エルフの胃液は硫酸並みなのかもしれない。
「服屋……に行こうと思ったが、サイズに影響が出そうだから後回しにするか」
「牙太は仕方がないなぁ」
「明らかに俺のせいじゃない……!」
――それから腹ごなしで牙太が知っているゲーセン、雑貨屋、家電量販店などを回っていく。
イセルは何に対しても興味津々で、牙太に『アレはなんだ?』と質問してくる。
牙太にとっては普通の物でも、エルフに対して答えるのは客観性が必要になるので何かと新鮮だ。
楽しげに解説していると、周囲からの視線が気になる。
「牙太、何か見られているぞ? 顔バレってやつか?」
「いや、VTuberだし立ち絵と似てるとはいえ、顔ではバレないだろう。声もここではそんなに大きくしてないしな」
「それじゃあ、なんで見られているんだ?」
「あ~、それはだな~……」
言おうか言うまいか少し迷ったが、今後も同じような質問をされても面倒だ。
勇気を出して、少し照れくさいが発言した。
「イセル、お前が可愛いからだ」
「なっ!? 可愛い!?」
今のイセルをジッと見つめて観察する。
狼耳のパーカーでエルフ耳を隠していたとしても、チラリと見える輝く金髪や、超美形のエルフ顔、宝石よりも引きつけられる蒼い眼が注目を浴びるのも当然だ。
牙太としては、普通の日本人が一緒にいることで引き立て役になっている気分すらある。
「じ、自分は可愛いのか……そうなのか……?」
「お、俺が知るか……」
周囲にいた女子学生グループの一人がこちらを見て『身長差カップルっていいなぁ』と言っているのが聞こえてしまった。
非常に気まずい。
イセルも上目遣いでチラチラとこちらの表情をうかがっている。
耐えられないので、イセルの手を掴んで走って逃げた。
「ふ、服屋へ逃げ込むぞ、イセル!」
「……うん」
うん、じゃない。もっといつも通りに人間を見下せとツッコミたくなってしまう。
二人は服屋へとやって来ていた。
そこでイセルは自分がエルフだという問題点に気が付く。
「服を試着……はできないな。まぁ、いいさ。ファッションを楽しむような自分でもないしな」
「いや、どんどん試着してくれ」
「でも、万が一……耳を見られてしまったら……」
「この服屋は特殊なんだ。エルフの耳でも気にしないさ」
牙太が選んだのは、コスプレ衣装も扱っている服屋だ。
普通の服もあるので普段着を揃えるのも問題ない。
「ほ、本当か!? 耳を出しても平気なのか!?」
「ああ、どんどん出せ。注目を浴びるかもしれないが、それは賛辞みたいなもんだ」
最初、口ではファッションに興味がなさそうに装っていたが、意外にもイセルは反応を示している。
よくわからないが、こういうオシャレというやつをしてみたかったのかもしれない。
牙太はファッションに疎いなりに付き合ってやることにした。
「必要経費だから、好きな服を選んでこい」
「うん、わかった!」
その口調もどこか嬉しそうだ。
牙太は安心しながら待っていると、イセルが自信ありげな表情で何着か選んできた。
「牙太、この店はセンスが良い服が置いてあるな!」
「あっ」
イセルが持ってきた服はクソダサTシャツ、もしくはパリのファッションショーのような奇抜な服だ。
牙太は思い出した。
致命的なセンス不足。
「……なぁ、エルフってみんな、そんな感じの服装センスなのか……?」
「いや、妹に『姫姉様は独特な感性で素晴らしいです!』と褒められたことがあるから、自分だけかもしれない」
「それは本当に褒められ……いや、何でもない。とにかく、地球の私服として相応しいものを俺がチョイスしてやる……」
「なに!? 地球で売っているのだから、これらは地球に相応しい服ではないのか!?」
「それを着こなせるのは選ばれし者だけだ……」
「聖剣の選定のようなものか。理解した」
聖剣クソダサTシャツというクソワードを放ちそうになったが、牙太は我慢して服選びを開始した。
「まずはゴスロリメイドだ」
「着てみた……。城にメイドはいるが、こんなにフリフリではなかったぞ……」
過剰なまでのフリルと、大きなリボンが付いているメイドカチューシャ、業務に関係なく開いた胸元、短いスカート、ニーソックスに編み上げブーツ。
性格はともかく、見た目の良いエルフの少女が着ると異世界感がさらにアップする。
不覚にも可愛いと思ってしまったのが悔しい。
「目を逸らしてどうしたんだ、牙太?」
「い、いや……普段着じゃねーな! 他のを持ってくらぁ!」
「口調どうした!?」
次に持ってきたのは上下一体型となっている黒いライダースーツだ。
「今度は格好良い系だ!」
「これは格好良いな! ……だが、街で見かけなかった気がするのだが」
細身にピッチリと張り付くような革素材が、イセルの身体のラインを強調している。
顔が小さいのもあって、エルフ特有のスタイリッシュさが際立つ。
「たしかに普段着にしてる奴はいないだろうな……」
「じゃあ、なぜ牙太は持ってきた!?」
「目の前にあったから、つい」
「ダメだコイツ……」
「イセルに言われるとマジで凹むんだが」
といっても事実、牙太としてもファッションセンスがあるわけではない。
学生時代はオタクで気にせず、社会人時代もスーツがあれば大抵は何とかなっていたからだ。
そんな彼女いない暦=年齢の二十八歳が、異性……しかも華麗なエルフの少女の服をチョイスするのは無理があった。
絶体絶命のピンチだったが、それを救ったのは一枚のメモだった。
「そうだ! 秘書子くんが『困ったらこれを見てください』と渡してきたんだった……どれどれ……」
折りたたまれたメモを開くと、そこには『マネキンに飾られている服を一括で購入してみてください』と書いてあった。
「なるほど……。たしかにマネキンに飾られている服は見栄えが良く統一感がある……。これならファッションセンス皆無の俺たちでもミスらない……」
「『俺たち』じゃない。牙太だけだろ?」
もうツッコミを入れるのも面倒臭い。
マネキンに飾られている普段使いできそうなものをいくつか購入して、店をあとにしたのだった。
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