エルフ、肉をむさぼり食う
「イセル……」
「……」
生き返ったばかりのゾンビのような満身創痍の牙太が、不機嫌そうなイセルに向かって呼びかけるもスルーされてしまう。
「イセルさ~ん……」
「……」
「よっ、イセル様! イセル姫!」
「ええい、鬱陶しい汚らわしい寄るな声をかけるな人間風情が!!」
「うわ~……やべーくらい嫌われている……俺……」
最悪の空気だった。
しかし、イセルは怒って帰ることもできるのに、それでも牙太と一緒にいるというのは、まだギリギリのところで踏みとどまっているからなのだろう。
たぶん、牙太が一生懸命考えて、地球でエルフという存在を馴染ませるための〝挨拶〟として最適解だったというのも気付いている。
それはそれとして怒っているのだ。
何かキッカケさえあればと考え――
「えーっと、イセル……。お詫びとしてメシを奢る」
「ふん、金で許すと思うか? だが、偶然にもリスナーたちの期待に応えるために地球の肉を食わねばならん。仕方なく奢られてやる。これで不味かったらカソウシンを纏い、剣の錆にしてくれる」
「たぶん斬られたら、消し炭になって錆にすらなれねぇ……」
ギリギリ糸口を掴めた牙太は、誰もが一度は行ったことのある最大手ハンバーガーチェーンへとやってきた。
「ほほう、これはやたらと見かけるレストランだな」
「お姫様のお口に合うかはわかりませんが……」
「城の料理人相手に舌を鍛えられているからな、完成度の低いものを出してきた場合は……」
「メシ一つで命を懸けるとか料理漫画かよ……」
牙太は奇をてらわずに通常のハンバーガーとポテト、コーラを二人分注文した。
牙太としてはもうちょっと量を頼みたいが、普段イセルは小食のように見えたので合わせた。
「さてと、二階に行くぞ」
「推測するに、注文を二階で待つのだな?」
「その通りでございます、お姫様。しばし、厨房でシェフが作り、ウェイターが運んでくるのをお待ちくださいませ」
「うむ、良きに計らえ」
二階で空いている窓際の席に座った。
箱愛町の駅前が見渡せる。
「この椅子とテーブルは簡素だが洗練されているな」
「これにそんな意見を持つか……?」
子どもの頃から見慣れたチェーン店なので、イセルの意見が新鮮だった。
言われてみればそうかもしれないと思ってしまう。
「さて、待ち時間で買ってきた本を読むか」
「イセル、何を買ったんだ?」
「牙太がオススメしてくれた二輪馬車ライダーを聞いたら、綺麗な女性店員さんがこれをオススメしてくれたぞ」
「おっ、あの作品は男同士の絆が熱くて素晴ら……え?」
イセルが見せてくれたのは、男同士が半裸で密着している絵の同人誌だった。
「そうか。たぶんこの絵は二人で修業をしているのを表現しているのだろうな! 自分もわかるぞ、つい熱が入ると身体まで熱くなって脱いでしまう」
「……あ、あとで原作のDVDを貸すわ」
「原作? いったい何のことを――」
困惑するイセルをよそに、注文の品が運ばれてきた。
牙太は『ありがとうございます』とお礼を言って受け取った。
「なに!? もう来たのか!? ……いや、ここは驚くところではないな……作り置きなのだろう。できれば出来たてを食してみたかったが……」
「作り置きの場合もあるけど、今回の暖かさからして作りたてだな。もちろん、ポテトも揚げたてだ」
「手早いな……これが化学を発展させた地球の力か……」
「いや、そこを地球の力とか評価されても」
「よっぽどの熟練のシェフが奇跡のような早業で作ったのだろう……」
「たぶんバイト……それも大体は学生の小遣い稼ぎとかだ」
「くっ!? だがしかし、早いだけで雑なのだろう!? 人間風情め、舐めおって!!」
「ここまで人間を見下してるともう逆に面白いな……リスナーの気持ちもわかってきたわ……。いいから冷めない内に食べようぜ」
「そ、そうだな……自分としたことがジャッジに差が出そうなことをしてしまうところだった。エルフの姫として、人間風情に対しても不公平なジャッジはせぬぞ……!」
「ハンバーガー一つに対して重い」
そうツッコミを入れつつ、牙太は先にハンバーガーを食べ始めた。
ポテトも摘まみ、コーラで一服する。
いつの時代も変わらない、どこか安心してしまう味だ。
異世界での過酷な環境を過ごした牙太にとって、たしかな幸せを感じてしまう。
「なるほど、そうやって食べるのか」
イセルもマネをしてハンバーガーの包み紙をはがしつつ、それを利用して手が汚れないように掴む。
さすがエルフ、一発でコツを掴んでいる。
幼い頃の初ハンバーガーをした牙太は、もっとグチャグチャに食べていた記憶がある。
「見た目に華やかさはない。むしろシンプル……。だが、牙太のハンバーガーと寸分違わずの出来映え」
「そりゃ同じ物を提供しなきゃクレームが入るからな。材料を多く入れすぎていることはあっても文句は出ないだろうが、少ないとか崩れているとかだったら交換をしてくれる」
「ふん……そこは評価をしてやろう。剣技も狙ったときに狙った剣技を放てないといけないからな」
イセルはキリッとした顔で言ったが、狼耳のフードをかぶっている子ども状態なので可愛い方向になってしまっている。
そもそも手にハンバーガーを持ちながら格好良い雰囲気にできるのは、ハリウッドスターくらいだろう。
「では、とても不味そうな肉だが頂くとしよう……はむっ!」
「ハムスターみてぇ」
「こっ、こりぇは!」
「飲み込んでから感想を言ってもいいんだぞ」
「……モグモグモグモグモグモグ……ごくん。これは!!」
「ちゃんと飲み込めて偉い」
死ぬほど投げやりに言いつつ、牙太もハンバーガーを食べる。
イセルは眼をキラキラ輝かせながら食レポを開始した。
「美味い! 本当にこれは肉なのか!? もしかして、自分が食べたことのないドラゴンの肉なのでは……」
「こっちの世界にドラゴンはいない……。いや、実はいるかもしれないが、観測はされてない」
「では、これは何の肉だというのだ!?」
「それは牛肉だな」
「あのクソ不味い牛の肉だというのか!?」
「イセル……こちらの世界の牛さんが美味しく改良されてきたというのもあるのだが、エルフの国の肉はクッソ不味いと有名だったぞ……」
「ゆ、有名だったのか!? エルフたちからはそんなことは聞いたことがないぞ!?」
「いちいち自分たちで悪評を広めないだろ……」
「だが、なぜエルフの国の肉は不味いと言われていたのだ……」
「それは――」
これは牙太が直接エルフの国へ行ったわけではなく、傭兵仲間から聞いた話だ。
エルフの国は、マガツカミやモンスターによる汚染が深刻で、それが顕著に現れていたのが家畜への影響だという。
牛、鳥、豚などがとにかく不味い。ついでに魚も不味い。
もはや呪いだ。
必然的に草食メインになっていくということらしい。
「おのれマガツカミめ……!!」
イセルは怒り――
「お代わりは頼めるか!?」
キリッとした表情で食欲を露わにしていた。
「イセル、お前……肉を人間と同じくらい見下してなかったか……?」
「に、人間よりもずっとマトモだな! 考えを改めたぞ!」
「まぁ、イセルは小食だからもう一個くらい追加で頼んでくるか……」
「ん? いつから自分が小食だと錯覚していた?」
嫌な予感がする。
「いや、だってあんな小さい携帯食料で毎日を過ごしていたし……」
「ああ、あれは一つで物凄い腹が膨れるんだ。たぶん人間が食べると胃袋が破裂して死ぬ」
「胃袋が破裂して死ぬ……」
「ここのメニュー全部食べたいぞ」
「エルフは菜食で小食で可憐というイメージが……。だけど、そういえば草食獣って草をメッチャ食べるな……」
その後、近くにあった別の高級ハンバーガーショップ、ステーキハウス、しゃぶしゃぶ、焼肉と付き合わされたのであった。
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