挨拶は大事
「世間知らずのエルフのお姫様に、素晴らしい地球の歩き方を教えてやろう。まずはここだ」
「ここは……本屋さんか?」
駅前のビルの一角、派手な萌え絵の看板が掲げられている本屋へやってきた。
なぜかイセルは困惑しているのだが、それもそのはずだ。
どれも可愛いキャラや、格好良いキャラが表紙となっている。
「我々オタク向けの本屋さんだ! ここに来れば漫画、ラノベ、はたまた同人誌などが揃っている!」
「な、なるほど……?」
イセルは新しすぎる世界に足を踏み入れてしまい、かなり困惑気味だ。
その中で平積みされている本を手に取る。
「これは……エルフか……」
そこには森の澄んだ空気を纏った長身痩躯の美しいエルフが、人間の騎士と並んでいた。
非常に美しく、大人っぽく、そして儚く、繊細なタッチで目を奪われてしまう。
「人間もなかなか良い物を描くではないか。自分にそっくり――」
「いや~、エルフ作品の金字塔になったこの戦記は、本当に格好良いよな~。エルフさんも、見た目が子どもっぽいイセルとは大違いだ」
牙太の口がついすべってしまった。
イセルがギロリと睨んでくる。
「何か言ったか、牙太……?」
「あ、いや、えーっと……。そうだ! イセル、こっちはドワーフがいるぞ! こっちはセイレーン、サキュバス!」
「おぉ、天球世界の種族たちじゃないか! 本来は小憎たらしい奴らだが、こうして美麗な絵で描かれていると親しみが持てるな!」
何とか話を誤魔化せたとホッとした。
怒らせれば、いきなり店舗ごとカソウシン#サラマンダーを纏って破壊する可能性もあるからだ。
出禁になるのは困る。
「こちらには巨大な金属のゴーレム! ほほう、それを身に纏うようなカソウシンの二輪馬車ライダーもいるぞ!」
「エルフのお姫様が楽しんでくれているようで何より。それじゃあ、俺は三年ぶりに出たというマンガの初回特典版を探してくるから、イセルは自由に見ててくれ。オススメは欲望をテーマに二輪馬車ライダーの相棒と一緒に戦う激アツ平成シリーズだ」
「わかった!」
少しはしゃぎ気味なイセルだが、心配はいらないだろう。
なにせ、フィクションで描かれているモチーフは、
これは牙太が異世界転移してから気付いたのだが、向こうの世界では日本語が不思議な力で翻訳されているわけではなかった。
実際に向こうで使われているのが日本語なのだ。
正確には、牙太が転移した浮遊大陸周辺の言語が、日本語と類似しているという感じだ。
さすがにおかしいと思い、調べてみると奇妙な歴史を見つけた。
それは言葉の成り立ちだ。
たとえば、日本語も流行などで新しい言葉が出てくるものだが、天球世界でも同じような言葉が同時期に出現している。
成り立ちなどは若干違うものもあるが、意味としては通るものばかりなのだ。
そして、絶対に発生しない科学的な言葉やモチーフなどは、吟遊詩人や、フィクションを描く作家が突然思いつく。
まるで何かを受信したかのように。
そういうこともあり、牙太は完全とはいかないが、天球世界でコミュニケーションを取ることができたのだ。
直感的に考えるのなら、世界の表と裏の関係だからだろうか。
だが、それは皮肉な事に〝破滅〟という方向性も類似していた。
「地球と天球が表裏一体の関係なら、マガツカミやモンスターの出現も続いて……世界は破滅を迎える……」
今、こうしている間にもそれらが出現するかもしれない。
そして、それを〝カソウシンを纏う者〟が倒せなかった場合――地球の終末時計が進んでいくのだろう……。
嫌な想像をしてしまった、そのとき――イセルの叫びが聞こえた――
「う、うわあああああ!! 牙太! 牙太ちょっと来いー!!」
「ど、どうした!?」
大急ぎでイセルの声が聞こえた方へ向かったのだが、そこは禁断の地だった。
牙太の額に、今までかいたことのないような脂汗がドッと流れでる。
その表情は絶望とも、焦燥とも、困惑とも取れる。
「――こ、ここは……非常にマズい……R18ゾーンだ……!!」
とても表現できないドピンク色の表紙に、脳内でモザイクフィルターをかけて奥へと進む。
そこには一冊の本を手に、プルプルと震えているイセルの姿があった。
本のタイトルは〝くっころ女騎士 ~くっ、殺せ! オークなんかの好きにはさせない……と言ってから半年後、逆にイケメンオークを尻に敷くエチエチ人妻になりました~〟だ。
「うわ」
「牙太、『うわ』じゃない。説明しろ」
「いや、そういう趣味を人前で説明するのはちょっと……根が陰キャなもので……」
イセルの目がなぜか殺気立っているが、わけがわからない。
(きっとこれを描いた作者さんへの怒りなのだろう……。コイツの怒りを買うとか、不幸な奴もいたもんだな……)
「違う、お前が考えた森焼イセルの挨拶のことだ」
「……え? 俺?」
「そうだ、お前だ……牙太……。胸に手を当ててよく考えてみろ……」
言われた通り、胸に手を当てて考えてみた。
自分の胸板は意外と厚いなと思った。
鍛えてますから。
「何を誇らしげにしている……?」
「あ、今思い出す」
イセルの挨拶は、牙太が考えたものだ。
VTuberにとって挨拶は非常に重要で、これがあるとないとでは大違いなのだ。
イセルに任せることも考えたのだが、色々と特殊な文化もあるので牙太が頑張って作った。
「イセルの挨拶は……『こんくっころ~! 異世界からやってきた姫騎士エルフVTuberの森焼イセルだ! 今日もエルフの森のために配信するぞ~!』だったな。お、意外と声マネ似てないか?」
「クソほど似てない」
「い、イセルさん、何か口調も怒りでキャラ変してませんか?」
「『こんくっころ』のところ……意味もわからず言っていたが……」
「あっ」
牙太は先の展開がわかってしまった。
逃げようとするも、異常な握力で肩を掴まれる。
メキメキと骨が軋む音がする。
「『くっころ』とは、こういう意味だったのだなぁ~……?」
「待て話せばわかる! ……と言うと死亡フラグだな。俺が悪かった! ……と言っても手加減しない奴だ。誤解だ! ……と言っても何も誤解で説明できる部分はないな。となれば、これしかない……」
「ほう?」
「イセル、地球のオタク文化に馴染めて良かったな!」
「言い残すことは……?」
「くっ、殺せ!」
殺された。
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