エルフ、人間に興味を持つ

「そ、それじゃあ……行ってくる……」

「い、行くか……」

「はい、行ってらっしゃい」


 休日の清々しい朝、牙太とイセルは余所余所しい雰囲気で事務所を出た。

 牙太はいつもの黒スーツだが、イセルは普段とは違う格好をしている。

 黒いダボダボのパーカーで、狼の耳がフードに付いている。

 これはイセルの耳隠しとして渡した、牙太私物の〝神凪ナルパーカー〟だ。

 その証拠にフェンリルのマークと、『神凪ナルを一生推す!』と書いてある。


「これ、自分が着てしまっていいのか?」

「ああ。買ったはいいけど、タッパのある俺だと似合わないから飾っておいたものだしな……」

「いや、そうじゃなくて! これは牙太の大切な物なんだろう? そのいなくなってしまった人の……」


 イセルにしては、珍しく気遣ってくれている気がする。

 牙太は笑顔で答える。


「グッズってのは想い出と一緒に綺麗なまま取っておくのもいいけど、本当は誰かに使ってもらうのが一番なんじゃないか……って思ってな」

「牙太……まだその人のことを……」

「推しちまってるな。色んなことがあってVTuber自体が嫌いになったときもあったけど、ガチ恋っていうのは解けないものだな」

「推し、ガチ恋……まだそこまで理解できないが、愛しているということか」


 なぜか恐る恐る聞いてくるようなイセルに対して、牙太は困惑しながらも答える。


「むず痒いけど、そういうことだと思う」

「そっか……、うん! そうだよな! よし、牙太! 今日は貴様に人間世界を案内させてやる! このエルフの姫騎士、森焼イセルを満足させてみろ!」

「イセル、声でバレたら大変だから大声を出すな!?」

「ふんっ! 自分を満足させたら考えてやらないこともない」

「まったく……このエルフのお姫様は……」


 イセルは何かが吹っ切れたかのように笑顔を見せて、大股で歩いて行くのであった。

 牙太はやれやれとエスコートを開始する。




 東京都心にある箱愛町はこめちょう

 異世界ライブの事務所がある場所もここなのだが、駅から少し離れているのであまり人で賑わってはいない。

 しかし、駅前に来ると高いビルが並び、多くの人でごった返していた。


「き、牙太……人間共でいっぱいだぞ……!」

「お前、地球に来てしばらく経つだろう……なんだそのリアクションは……」

「いや、だって、外に行くのはギャラルホルン・アラートが反応したときくらいだし、基本は車で移動してるから……あまりちゃんと外を見たことがなかった……」

「さすがにそれくらい見ろよ……」

「……それは、その……」


 イセルは急にモジモジし始めてしまった。


「ん~? なんだ?」

「今まで人間共に興味がなかったというか……」


 牙太はそのイセルのリアクションの意味に気が付いた。

 ようはツンツンしてたのが、配信の人間リスナーたち相手にデレ始めたのだ。

 ここぞとばかりに話題を擦ることにした。


「ははぁ~ん……なるほどなぁ。人間嫌いのエルフのお姫様は、見下していた人間たちにほだされてしまったということか~……。なるほどな~、なるほど~」

「ばっ、ばか! そんなんじゃ………………なくも……ないかもしれない……」

「イセルの人間嫌いはすごかったからな~。俺と天球世界で初めて会ったときも、メチャクチャ見下されていたし」

「そういえば、あそこに牙太がいたんだな……」

「すげぇ、俺の存在感ってそんなに薄かったのか!?」

「牙太は珍しい異世界人……ということで、ある程度存在感はあったよ。だけど、人間だったからな。あの世界――エルフの常識では、人間というのは好ましくない種族……とされていた」


 理由は? と聞いてしまいたくなったが、牙太も天球世界の情勢は知っている。

 マガツカミや、それによって産み出されるモンスターで住める土地が減り、知性ある種族同士で争いが頻発していたのだ。

 互いが協力し合うのはマガツカミ関連くらい。

 特に一昔前は、人間側がエルフを奴隷として、エルフ側が人間を奴隷にしていた時代もあったらしい。

 印象が最悪なのも当然だ。


「まぁ、イセルが人間を見下すのも仕方がないのかもしれない。それにリスナーたちは見下されるのが癖になってるみたいだしな!」

「そ、そうなのか?」

「ああ、だから気にせず、イセルはイセルの好きにすればいい。リスナーだった俺の経験則からして、リスナーってのはどう転んでも喜んでくれるおかしな奴らだからな」

「わ、わかった……。でも、自分が人間に興味を持ったのはリスナーからだけじゃなく……」


 お前が、牙太が居てくれたからだ。

 ――とイセルが話そうとしたのだが、牙太は声をあげてイセルの手を掴んだ。


「あっ! 信号が青になっている! 早く渡ろうぜ!!」

「う、うん……」


 その手の大きさにドキドキするイセルであった。

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