配信に彼氏登場、ショックで異世界転移
結果から言うと、牙太は会社を辞めた。
しばらく会えていなかった家族は牙太の死にそうな顔を見るなり、とても心配してきた。
会社のことを相談すると『絶対に辞めろ』と言ってきたほどだ。
病院も紹介してもらい、そこでも『殺される前に会社を辞めなさい』と言われた。
牙太本人は、まさかそこまでとは思っていなかったので驚いてしまった。
会社で上司に辞表を提出したら突っぱねられたが、医者からの診断書を見せたら渋々了承してくれた。
あとで調べたら、どうやら以前に会社で自殺者が出て、それは牙太と同じような診断書を持ってきていたらしい。
「烏部くんさぁ……ここで通用しないならどこに行ってもダメに決まってんのによくやるねぇ。絶対に後悔するよ? っはぁ~……」
最後まで嫌味を言われたが、牙太は神凪ナルを見習って〝スルー〟や〝謝罪〟ではなく、ハッキリと言い返してやった。
「ブラック企業の地獄に殺されるのなら、次はどこへ行っても天国ですよ。それこそ異世界でもね」
牙太は替えのきかない仕事を五人分任されていたので、退職してから会社がどうなるか楽しみになっていた。
それから牙太は病院でカウンセリングを受けつつ、適度な運動とオタク活動をしながら過ごすようになった。
国からの制度と貯金を使えば、しばらくは再就職をせずに実家で休養できるので安心だ。
そして、今日も実家の剣術道場の片隅で筋トレをしつつ、VTuberの配信を十時間くらい見ていた。
「おっ、もうすぐ〝なるとん〟の300万人記念配信が始まるじゃん! 無職の俺だけど、今日だけはスパチャをするぞ……!!」
牙太が興奮して言っている〝なるとん〟とは、神凪ナルの愛称である。
あの〝初見〟からドップリとハマって重度のリスナーになってしまい、ガチ恋の推しになってしまった。
配信はすべて視聴して、
〝なるとん〟が生活の中心になっていると言っても過言ではない。
「推しのためなら死ねる!」
ブラック企業のときとは違い、推し活動ができることによって肌つやも良くなり、筋トレや資格のための勉強なども捗っている。
表情も活き活きしていて、まるで本当の初恋に出会ったかのようだ。
「あ、始まった!」
牙太は道場の硬い床の上でも律儀に正座をして、タブレットに映る配信のオープニング動画をキラキラした瞳で眺めていた。
●始まったー!
●なるとんおめでとう~!
●おめー!
●まだ気が早いw あと数百人で300万人になるんだから、VTuber初となる300万人の伝説を見届けようぜ!
牙●楽しみですね! 一生推し続けます!
推しの記念配信は本当に嬉しいもので、牙太は今から300万人達成の瞬間にスパチャでどんな言葉を贈るか考えてワクワクしていた。
普段は数多くいる視聴者として、雑草の一本のように無難なコメントを打つように心がけているが、この祝いの瞬間だけは最大級の賛辞を送りたい。
(あなたのおかげで人生が変わった、大好きです。……とでも打とうかな? いや、でも重すぎるか? 気持ち悪いか? なるとんは男性と付き合ったこともないんだぞ? でも、伝えたい……なるとんのご迷惑にならなければいいが……)
様々な杞憂が頭の中に渦巻くも、ついにオープニングが開けて配信が始まってしまった。
今は考えるのを止めて、配信に集中しなければと思ったが――聞こえてきたのは――
「こんなる~! 今日は300万人記念配信に来てくれて――」
「恋人のオレ参上~! あっ、まずった! 配信中だったの!?」
神凪ナルの声のあとに、野太い男の声が聞こえてきたのだ。
スタジオ配信やボイチャありのゲーム配信なら別人の声が入るのもわかるが、これは自宅から配信するタイプの記念配信だ。
他人の声が入るなどありえない。
コメントがざわつき始めた。
●男の声????
●家族かな……?
●なるとんはひとり暮らしのはずだぞ……
●まさか……そんな……
牙●え? え?
その場では誰も信じたくなかった。
まだ疑惑の段階だと足踏みをしている。
きっと、ドッキリ企画だと言ってくれるのを心のどこかで期待していたのだろう。
その
静止した配信画面の中、コメント欄だけが加速していた。
●はぁぁぁあああ!?
●恋人ってマジ?
牙●おいおいおいおいおいおいおいおいおい
●は?
●qあwせdrftgyふじこlp;@:
●えーっと……なるとんの配信中に恋人が入って来ちゃった……ってコト!?
●オワタ
●ちょっと寝込むわ
●これだから女なんて……男の娘に逃げるわ……
●きっつ、ファン止めます
牙●あああああああああああああああああああ
「うああああああああああああああ」
牙太はリアルでも同じように叫び、道場の硬い床に頭をガンガンぶつけていた。
「なるとんに恋人恋人恋人恋人ウソだろおおおおああああああ!!!!」
それでもショックは収まらず、道場を飛び出して、季節は冬にもかかわらず庭にある冷たい池に飛び込んだ。
刺すような冷たい痛さですら、牙太を冷静にすることができなかったのだが――
「VTuberなんて大っ嫌いだあああああああああああああああ……って、あれ?」
庭の池に飛び込んだはずが、ザブッと頭を出した瞬間に気が付いた。
風景が違う。
空に海があり、大陸が浮かんでいる。
「ここどこだ……?」
異世界に転移した牙太は、
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