異世界ダイジェスト

 それから発見した第一村人と仲良くなり、付近にやってきているという〝ミッドアース連合王国〟というところの調査団を紹介してもらった。

 事情を説明すると城で王様と会ってほしいと言われた。


(なぜか言葉も通じるし、待遇も良さそう。これは異世界で成り上がりコースか……!)


 オタク知識でそう考えていたのだが、そう簡単にはいかなかった。

 城に到着して、異世界人は珍しいスキルがあるということで使い方を教えてもらったのだが、どうやらそれが微妙だったらしい。

 持っていたのはスキル【同調アライメント】というもので、効果は使用した対象と同じような力を得ることができる――という説明だけ聞くとコピー系で強そうなものだ。


 しかし、実際に城の騎士たちや、そこに集まっていた各国の精鋭たちに使っても効果が出なかった。

 唯一、第一村人を対象として使えた場合は、ちょっとだけクワの扱いが上手くなった程度だ。

 周囲から出された結論としては『弱い相手としか同調ができないので無意味』という感じだった。


 オタク的にこういうパターンの末路は処刑だと牙太は知っていたので、〝ヤバい〟扱いになる前に何とかしようと藻掻もがいた。

 文明の進んだ日本パワーを使って、知識無双してやるぜ――と思ったのだが、牙太は異世界で使えそうな専門知識は持っていなかった。

 しかも、この異世界は科学が進んでいないだけで魔術は進んでおり、電子機器はないものの、割と現代とそこまで変わらない快適さがあるという。

 つまり、牙太の生半可な現代知識は無意味だった。

 焦りが最高潮に達しそうなとき、鈴を転がすような女の声が響いた。


「待った、その異世界人は鍛練を積んでいるようだ。このような者と戦える機会はそうそうない。自分と手合わせ願いたい」


 品格ある黄金を思わせるようなミルキーブロンドの髪、空のようにどこまでも澄んだ蒼いブルートパーズの瞳、スラリとした小柄な体型を包むドレス。

 凜とした佇まいに、華麗さを兼ね備えている。

 人間離れした雰囲気、それは偶然やってきていたエルフの国の姫騎士だった。

 種族的に年齢はかなりのものらしいが、見た目は耳の尖った幼い少女にしか見えない。

 人間の外見で言えば小中学生くらいだ。


「お、俺は一応鍛えてるんで!」


 見た目的に勝てると思った。

 実際、牙太は実家の道場で剣術を嗜み、最近はきちんと筋トレもしていたので自信がある。

 だが、忘れていた。

 ここは異世界なのだ。

 小中学生の女子に見えても、それは未知の生物だった。


「――……異世界人、貴様……見た目のわりに弱いな……」

「うっそだろ……」


 勝負はすぐに決まってしまった。

 手加減したわけでもない牙太の木剣による一撃は、名も知らぬエルフの姫に軽々とはじき返された。

 華麗なテクニック……などではなく、強引な力業でだ。

 通常で考えたら、体格や筋肉量からしてありえない。


「異世界からやってきたにせよ、所詮は人間風情か……。期待をしすぎてしまったようだな。無駄な時間だった、自分はこれで失礼する」


 名も知らぬエルフの姫が去ったあと、牙太に向けられた周囲の蔑みの眼や、嘲笑の声が痛かった。


「ヤバい! このパターンは無能だから処刑されるやつだ! ど、どうか命だけは……! まだトラクエ12も、ファンファン16も遊んでないんです!」

「焦りなさるな異世界人殿……別に殺したりはせぬ……。ただ、こちらも事情があるので、永遠に食客として持てなすこともできぬが……」


 国の重鎮らしき人間男性からそう言われてホッとした。

 何やらこの世界――〝天球〟と呼ばれる場所では様々な問題が発生していて、それと同時にミッドアース連合王国では、政治的な都合もあるらしい。

 ようするにしばらくは面倒をみてやるけど、長すぎると政治的に都合が悪くなるから勝手に生きろということだろう。


(こ、このパターンは最初は無能とされたが、あとで実はすごいスキル持ちだったというアレか! VTuberに裏切られた現代にさらばだぜ! ここから異世界での成り上がり新生活が始まる!)




 ***




 しかし、そんなことはなかった。

 ここから先はきつい記憶ばかりなので朧気にしか覚えていない。

 牙太はある程度の知識や路銀を得てから、城下町へ繰り出していった。

 そこで仕事を探したが、地球人よそものにできるものはなかなかなかった。


 就活時代を思い出して焦っていると、『アットホームで、自由な環境! 若い方でも役職に就ける可能性が高いです!』という辺境での仕事が募集されていた。

 何か現代でも聞いたことがある募集の文言だったが、背に腹は代えられない。

 ギュウギュウ詰めの馬車に乗って辺境へと旅立った。


「ここが……辺境か……」


 無事に到着したのだが思っていたのとは違った。

 牙太がイメージしていた〝辺境〟は、都会ではないがのんびりと過ごせそうな田舎だった。

 しかし、実際の〝ブラッドウォール辺境伯領〟は野ざらしの死体が並び、疲弊した傭兵たちが酒をあおって地面に座っているようなところだった。


「えっ、今日からここで働くの?」


 牙太は傭兵としてブラックすぎる環境へ放り込まれた。

 文字の読み書きができるので、いきなり傭兵長という部隊を任せられる立場になった。

 これは平たく言えば前任が死亡して、代わりにろくな傭兵がいなかったためだ。


 さらに相手は悪のモンスターかと思いきや、人、獣人、ドワーフなどだ。

 どうやら辺境というのは国境に位置するという意味で、他国とやりあっている場所らしい。


「人相手ってマジかよ……」




 牙太の初陣は人を殺した感触で吐いてしまったが、慣れてくると心が死んできてどうでもよくなってくる。

 晩飯の硬い黒パンのことを考えつつ、剣に付いた血糊を拭えるほどだ。


「この戦い……いつ終わるんだ……」


 一週間、一ヶ月、一年……戦い続けても終わりは見えない。

 風の噂で聞いたところによると、どうやらこの天球世界は住める土地も減って資源や食糧の争いが続いているらしい。


 なぜそうなったかというと、モンスターを生み出したり、土地を侵食したりする〝マガツカミ〟というボスたちっぽいのが各所に現れて……という感じだとか。

 以前出会った名も知らぬエルフの姫様は〝炎の姫騎士〟という異名で呼ばれ、そちらで英雄的に一騎当千の働きをお見せになっているらしい。


 もっとも、木っ端傭兵である牙太には関係ない。

 隣国の飢えた人々を撃退して日銭を稼ぎ、自身の部隊を生き残らせるのが精一杯だ。




 ――そんな地獄の異世界生活が、地球に帰るまで三年続いた。

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