ナルキ

 ナルキは目の前にいる美少女に恋をしていた。誰にも言えない秘密の恋だ。


 ゆるやかにウェーブしたボーイッシュなショートカットヘア。

 二重瞼のぱっちりとした切れ長の目。

 淡いピンク色のリップクリームが塗られた少し薄めの唇。


 ナルキの心臓がバクバクと高鳴り、体の芯からうずくような熱を感じた。全体的に目鼻立ちのはっきりした少女の顔立ちは、年齢よりも大人びた雰囲気を漂わせている。


 だが、少女の目は、その美しさに反して憂いに満ちている。少女を慰めようとナルキが微笑むと、少女も微笑んだ。しかし、その微笑は長くは続かず、またすぐに憂いに沈んだ顔に戻った。


 ナルキが少女に触れようと手を伸ばす。

 少女もナルキに触れようと手を伸ばす。


 だが、二人の手は鏡に遮られてしまう。


 ナルキが少女に出会ったのは、一カ月ほど前だ。きっかけは、学校の帰りに雨上がりの濡れた道で滑って転んで顔に痣を作ってしまったことだ。そのまま外を歩くのはみっともないなと思っていたとき、『痣を隠す、簡単メイクテクニック』という動画をスマホで見つけた。動画のとおり、母親のファウンデーションを使ったところ、見事に痣が消えた。


 メイクの凄さを目の当たりにしたナルキは、興味半分から同じ投稿者のアップした『片方だけ二重の方のお悩み解消テクニック』や、『自分に似合うリップが見つかるチェックシート』などを次々と試していった。


 そして鏡の中に生まれた美少女に心を奪われた。完全な一目惚れだ。もし、誰かにばれたら変態扱いされること間違いなし。ナルキ自身も自分はどこかおかしいのではないかと悩んだが、火の点いた恋心はますます燃え盛り、彼女に会いたいという気持ちが抑えきれなくなると、両親のいない時間を狙って、洗面台で彼女と会うために化粧道具を手に取るのであった。


 ナルキが彼女に触れようと手を伸ばす。

 彼女もナルキに触れようと手を伸ばす。


 だが、二人の手は鏡に遮られてしまう。

 決して超えることのできないガラスの壁。

 一生、叶うことのない恋。


 ギリシャ神話の登場人物ナルキッソスのように、ナルキは自分に恋をしていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る