第4話 自己紹介

「転校生が来ることに関して、急な報告になってしまってごめんなさい。彼女の身分上、そのあたりを事前に明かすことはできなかったんです。今度全校集会で改めてアナウンスすることになるけど、石丸さんの転校に関してはSNSなどを含め口外しないようにしてね」


 ホームルームは、担任の謝罪から始まった。初手の謝罪に、クラスは困惑した様子だった。


「まあ、とりあえず。今から、改めて全員で自己紹介をしていこうか」


 そして、石丸さんを含めて出席番号順で自己紹介が進んでいく。だいたいの人は、名前・部活・趣味と簡単な挨拶をして座る。この手のものは定型化されているが、たまに型から外れた自己紹介をする人もいる。場が凍るか、上手い具合にあったまるかの賭けに出ることになるが、俺のクラスメイトはみんな優秀らしい、そんな型破りな自己紹介で失敗た奴にも、どこからともなくフォローが入る。


 石丸さんは出席番号が若いので、すぐに順番が回ってきた。全員の視線が集中するが、一切動じない。これが大人気アイドルってやつか。


「改めてこんにちは。石丸彩恵といいます。アイドルをさせてもらっていて、歌ったり踊ったりが大好きです。おかげさまで、たくさんの方に応援してもらっています。ですが、そんなことは気にせず、だれでも気さくにお話しできたらいいなと思っています。…あっ、後、この学校に来たのにはがあって…まあ、後々話すことにしますね。すみません。では、これからよろしくお願いします!」


 自身を客観的に評価したうえで謙虚な表現をチョイスし、なおかつみんなの心理的不安を取り除く。なんと完璧な自己紹介だろうか。さすがは大人気アイドルだ。


 それにしても、目的って何なんだ…? 少しもやっとしたが、どうせ俺には関係ないだろうと気にしないことにした。


 そうこうしているうちに、俺の順番が回ってきた。俺は本業でエンジニアをしていることはクラスメイトに言っていないが、別にパソコンやプログラミングができることまでは隠していない。


 その方が、学校の行事などでも自分のポジションを確立しやすいからだ。最初はパソコンができることにひどく驚かれたものだが、異端の目で見られるなんてことはその直後だけだった。今はごく普通にクラスに馴染めているし、そのうえで ”パソコンができる人” という地位を確立することに成功している。


「熊谷大地です。部活には入っていません。パソコンが趣味で、ウェブサ―—」


「えっ!?」


 石丸さんがひどく驚いた様子でこちらを見て叫んだ。周りの視線が一気に彼女に集まる。


「…あっ、すみません!こっちの話なので続けてください」


 早口で言われた。何かに焦っているらしい。予定でも思い出したのだろうか?


 …とにかく俺は続けることにした。


「えーと、趣味はパソコンで、ウェブサイトを作るのが趣味です。よろしくお願いします。」


 ちなみに、エンジニアの仕事も、半分は趣味の延長線だ。


 この自己紹介もほかの人に比べればなかなかパンチの利いたものだっただろうが、”自己紹介の型”は外さなかったし、クラスメイトも、もう俺のことを分かっているので、今更驚く様子を見せる人は……待てよ、居たな。石丸さんだ。


 でも、石丸さんが驚くのも無理はないだろう。そのうち慣れてくれるはずだ。


 そして、ホームルームが終わり、そのまま終礼に入り、授業は終了した。今日は夕方にミーティングが入っていないため、夜まではフリー。そこで、教室に残ってノートパソコンを開き、コーディングを始めた。家でも集中できないことはないが、家より教室のほうが静かなので、暇なときは、教室で作業していることが多い。


 みんな部活に行って、教室には俺一人。吹奏楽部の楽器の音や運動部の掛け声が程よく聞こえてきて、青春を感じながら作業に没頭する。


 不意に、人の気配を感じ、パソコンのヒンジを閉じる。そこにいたのは、校内の話題をかっさらっている、あの石丸さんだった。

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