第3話 初日の転校生

 朝は時間がなかったので、先生は石丸さんについては簡単な紹介にとどめ、ホームルームの時間に、改めて自己紹介の時間をとることを伝え、クラスを落ち着けた。そして、彼女は俺の隣――なんてことはなく、普通に前方の席に座った。隣に座っていた女子に好奇と羨望のまなざしが向けられていたのは言うまでもない。可哀想だったが、俺が対処できる問題でもないので気にしないことにした。


 そのまま授業に入った。先生に当てられて音読を指示されると、業界で鍛え上げられたのだろうか、ハキハキとした聞き取りやすい声で教科書を読み上げ、終わった後には自然と拍手が沸き起こっていた。


 休み時間。植村ともう一人の友達が、俺の机にやってきた。


「さえたんが…さえたんが転校してきた……!はぁぁぁっっっ!!」

「お前ほんとアイドル好きなんだな。今後の高校生活、気が気でないんじゃないの」


 突然の転校生に酷く動揺しているこいつは、木村きむら宗弘むねひろという。いわゆるドルオタだ。”さえたん” が石丸さんのファンの間での通称であることも彼に教えてもらったことだ。これまでも、隙あらば ”さえたん” をはじめとしたアイドル談議に付き合わされていた。


「どうしよう…話しかけてみようかな……あっ、でもそんなことしたら」


 そう言って木村は頭を抱えた。オーバーに心配しすぎな気がする。


「別に話しかけたって誰も何とも思わないだろうけどな。それより、そんな動揺した状態で話すことのほうが恥ずかしいだろ」

「……それもそうだね。いったん落ち着いてみるわ…!」


 後でわかったことだが、木村と石丸さんとのファーストコンタクトは、それから1週間も経ってからのことだったらしい。いくら何でも時間かかりすぎだろ。


 次の時間は地理。社会の先生はかなり年を召されているが、パソコンでプレゼンテーションを作って授業をするなど、かなりチャレンジングな方で、俺もその精神を慕っている。しかし、教室にプロジェクターを設置する作業や、ディスプレイの切り替え設定などは、操作が複雑な分やはり覚束ないようで、いつものように今日も俺が手伝っていた。好きなことや得意な分野を手伝うことは楽しいし、別に大変なことでもない。何よりも、そんな人たちが喜ぶ顔を見れるのが本当にうれしいし、救われる。


 しかし教室からは、「またあの爺さん、熊谷頼ってるよ」「そろそろ覚えられねぇのか?アイツは」など、呆れの声が聞こえてきていた。


 その後、休み時間に彼女について調べた。興味本位でというよりかは、彼女について無知すぎるのも逆に失礼に当たるのではないかと考えたからだ。


 どうやら彼女はテレビやラジオにも引っ張りだこ、ライブのチケットはすぐに売り切れるなど、今を時めく大人気アイドルであることが分かった。俺はテレビに興味がなかったし、元からアイドルには興味がなかったので、芸能人も大御所しか知らず、流行の波には完全に乗り遅れている。


 ふと石丸さんを見ると、ほかのクラスからも沢山の人が押し寄せていて、質問の嵐に少々困惑しているようだった。さすがの民度の悪さに、うちの学年のアホがすみません、と心の中で謝った。


 そうして俺は、非日常を観察しながらもいつも通り学校で過ごし、自己紹介が行われるホームルームの時間を迎えた。

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