第10話(3) 謎の同好会

「弥生さん!」


「そう慌てなさんなって、令和ちゃん」


「で、ですが!」


「そんなに焦る必要はねえよ」


「何を呑気なことを! えっ!」


 令和が会議室のドアを開けると、そこに弥生が立ち尽くしている。弥生が若干涙目になりながら令和に問う。


「出口……どこ?」


「あ、ああ、迷ったのですか……」


「べ、別にこんなところで迷子になったわけじゃないわよ! 貴女に見送りでもさせてあげようかと思っただけよ!」


「は、はあ……」


 令和は平成に視線を向ける。平成は頷く。


「所属変更決定に不服を申し立てにいらっしゃったという話はうちの課長さんが必ず上に伝えてくれる。すぐにどうこうという話でもないだろうから、今日のところはひとまず帰ってもらっても問題ないんじゃないか?」


「……分かりました。ではお見送りをさせて頂きます」


「ああ、頼むな」


 令和は弥生を連れ、その場を去る。平成はその後ろ姿に手を振る。縄文が声をかける。


「旧石器くん、私たちも今日は帰るとしましょうか?」


「ああ、そうだな……」


「ちょ、ちょっとお待ち下さい!」


 課長が席を立とうとする縄文たちを制す。縄文が首を傾げる。


「なにか?」


「い、いや、偶然出勤されていた方がおりましたのでお声がけしました」


「誰を?」


「そろそろ来るころかと思いますが……あ、いらっしゃいました」


 角髪をした男性が顔を覗かせる。旧石器が呟く。


「なんだ古墳か」


「いや、大和やで」


「古墳くんじゃないの」


「いやいや、縄文姉さん、わは大和やから……」


「古墳さん、こちらにどうぞ」


「いやいやいや課長はんまで……」


「古墳、古墳、古墳! 古墳、古墳、古墳!」


「うるさいな平成! 連呼するなや!」


「すみません、久々の再会でテンション上がってしまいまして……」


「わりと最近会うたばかりやろ……」


「課長、なんで古墳さんを呼んだんですか?」


「古代課の方の意見を聞いておきたいと思ってね……いかがでしょうか?」


 課長は席についた古墳に尋ねる。古墳は一呼吸置いて話し始める。


「……仔細は聞いた。『原始課』の話やな」


「話が早いな。古墳さんはどのようにお考えですか?」


 平成が尋ねる。


「古代課のトップにわがなるという可能性が高まる。魅力的な話や」


(旧石器はん、縄文姉さん、弥生ちゃんが古代課から離れることになるのは手痛い……)


「……本音と建前が逆になっていますよ」


「え⁉」


 平成の指摘に古墳がわかりやすく動揺する。縄文が微笑をたたえたまま口を開く。


「忌憚なきお考えを聞けて嬉しいわ」


「い、いや、縄文姉さん、よく考えてみて下さい! 御三方が原始課に移ることによって、その分割かれる予算が増えるんですよ?」


「増えたところで使うところがねえんだよ! 予算でナウマンゾウが狩れるか!」


 旧石器が叫ぶ。縄文がたしなめる。


「旧石器くん落ち着いて……古墳くん、時代が私用で使える予算の額は限られているわ」


「そ、それはそうですが……」


「私たちにメリットが感じられないわ」


「平成、なにかないんか?」


「そ、そこで俺に振ります⁉」


「メリットを提示せい!」


「えっと……頭数が減るということで、集まりやすくはなるんじゃないですか?」


「集まりやすくなる?」


 縄文が首を傾げる。


「例えば……三名様お揃いでファミレスとかでひたすらダベるとか……」


「な、何を言うてんねん!」


「そ、そうだぞ、平成くん、ファミレスって!」


「え~アオハルって感じがしないっすか?」


「アオハルって失礼だろう! 縄文さんを子供扱いするなんて……ふぐっ⁉」


「か、課長! 年齢に関わる話は禁句っす! ……」


 平成は慌てて課長の口を両手で塞ぎ、おそるおそる縄文を見つめる。縄文は微笑む。


「『永遠の17歳よ』?」


「ははは……おいおい……」


「それで古墳くん、貴方の野心だけど……」


「え? 野心? なんの話ですか?」


「とぼけなくてもいいわ、仮に私たちが古代課を離れたとしても、貴方がトップになるのは難しいと思うわ」


「な、なんですって?」


「飛鳥くんなら『コックさん593だよ、聖徳太子』、奈良ちゃんなら、『なんと710見事な平城京』、平安ちゃんなら『鳴くよ794うぐいす平安京』と、有名な年号語呂合わせがあるわ。貴方にそういうキャッチーなのはないでしょう?」


「ほ、仏さまに御参拝538がありますよ!」


「仏教が伝来したのは552年だという説もあるわ、それはちょっと弱いわね」


「ぐっ……」


「飛鳥くんには『聖徳太子』、奈良ちゃんには『藤原不比等』、平安ちゃんには『紫式部』という歴史上の重要人物がいるわ、貴方にそういう存在がいるの?」


「ぐう……」


 古墳がうなだれる。


「いないでしょう?」


「……がおるよ」


「え?」


「『蘇我馬子そがのうまこ』がおる˝よ‼」


「そんな『仲間がいる˝よ‼』みたいに言われても!」


 平成が困惑する。縄文が突き放すように言う。


「なんとなくだけど、飛鳥時代のイメージが強いわ。それもちょっと弱いわね」


「うわーん! 縄文姉さんの意地悪! 嫌いや!」


 古墳が部屋から出ていく。平成が戸惑いながら縄文に声をかける。


「ちょっと言い過ぎなのでは?」


「これくらいで言い負かされているようでは古代のトップなんて夢のまた夢よ……ちょっとばかり古墳が大きいだけで飛鳥くん、奈良ちゃん、平安ちゃんを凌駕出来るわけがないわ」


「それはそうかもしれませんが……」


「彼は埴輪、私は土偶……『土製人形同好会』として彼の成長には期待しているのよ。これはいわば先輩としての愛の鞭よ」


「なんですか、その怪しげな同好会は……」


 平成は若干呆れ気味に縄文を見つめる。

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