第10話(2) 言葉にならない
「うおおお!」
「おお、確かに暴れているな」
平成たちが会議室に入ると、旧石器がまるで駄々っ子かのように両腕をぶんぶんと振り回している。現代課の課長が声を上げる。
「き、来てくれたか、なんとかしてくれ!」
「腕を振り回しているだけでしょ……」
「時代のパワーは我々では制御が難しい! 同じ時代の君たちでなくては!」
「ったく、しょうがねえなあ……」
「平成さん、あまり手荒な真似は……」
「分かっているよ……」
「ん?」
平成は旧石器の背後に回り込み、顔を横後ろに持っていき、肩上から腕を通し、両腕を交差させて手を組み、耳元で囁く。
「……俺じゃダメか?」
「おおっ!」
「どおっ⁉」
旧石器の頭突きを鼻に喰らった平成は後ろに倒れ込む。
「平成さん!」
「ダメか……」
「それはダメでしょう……男性同士の『あすなろ抱き』を見せられるこちらの身にもなって下さいよ」
「『あすなろ白書』の名シーンだぞ?」
「木村拓哉さんがやるから絵になるのです。平成さんがやっても気持ちが悪いだけです」
「キ、キモいって⁉ 酷い言い草じゃないか」
「感じたことを述べたまでです。なにか他の手はないのですか?」
「う~ん、これだな」
平成は真ん中に穴の空いた丸い小石を取り出す。
「そ、それは北海道の『ピリカ遺跡』で出土した石製の小玉⁉ それをどうするのです?」
「こうするのさ」
平成は旧石器の顔の前で玉をゆっくりと上下させたり、回したりする。
「ま、まさか、催眠術かなにか⁉」
「……『ピーリカピリララ ポポリナペーペルト』!」
「お、『おジャ魔女どれみ』⁉」
「はっ⁉ 俺はなにを……」
「効果てきめん⁉」
正気を取り戻したらしい旧石器を見て、令和は驚く。
「……で、なにを暴れていたんだ? 珍しく時管局に顔を出したかと思えば……」
平成が旧石器に問う。
「そ、それは……」
「……時管局の一方的な決定に抗議するためよ」
「弥生ちゃん⁉ いたの?」
「最初からいたわよ」
「旧石器くんの気が済むまで部屋の隅に避難していたのよ」
「縄文さんまで⁉」
弥生と縄文の登場に平成が驚く。令和が尋ねる。
「お二方もいらっしゃるということは……これはただ事ではありませんね」
「定例会義の類も大抵誰かが欠席するからね」
弥生が自嘲気味に呟く。令和が問う。
「一方的な決定とは?」
「アタシたちの所属を変更するって言うのよ」
「所属を変更?」
令和が首を傾げる。縄文が口を開く。
「……旧石器くん、私、弥生ちゃんを『原始課』に転属させるって……」
「は、はあ……」
「別に問題ないんじゃないですか?」
「問題ありよ!」
弥生が平成に詰め寄る。
「お、おおう……」
「原始って、『未開』って意味でしょ⁉」
「ま、まあ、そういう意味もあるね……」
「冗談じゃないわよ! 稲作も行っていて、クニをいくつも形成しているアタシのどこが未開だって言うのよ!」
「う、うん……」
「2世紀半ばから後半にさしかけての『
「内乱なんていつの時期もあるでしょう⁉」
「そ、それはおっしゃる通りです……」
弥生のあまりの剣幕に令和も押し黙る。
「未開扱いは納得いかないわ! 狩猟採集しか頭にない連中と一緒にしないで!」
「ちょっと待って。誰のことを言っているの?」
「あら? 一万数千年も年を重ねると、察しも悪くなるのかしら?」
「……一回埋まってみる? 貝塚……」
「やれるもんならやってみなさいよ……」
弥生と縄文が静かに睨み合う。令和が慌てる。
「む、無益な争いはやめましょう……ねえ、平成さん!」
「そうそう……ここは皆『平静』にいこう! 平成だけに!」
「……」
「あ、あれ?」
場を沈黙が支配する。平成が首を傾げる。
「……私も『土偶』や『
「俺の石棒を……」
「言わせませんよ!」
余計な口を挟もうとした平成を令和が諌める。
「む……」
「原始には『物事のはじめ』という意味もあります。ポジティブには捉えられませんか?」
「うむ……」
旧石器が腕を組む。平成たちの後ろに隠れていた課長がおずおずと口を開く。
「た、例えば、『先史課』という名称にするのはどうだろうか?」
「そういう言葉遊びで誤魔化しても無駄よ!」
「ひっ!」
弥生に一喝され、課長は再び平成たちの後ろに隠れる。平成がため息をつく。
「課長、ビビり過ぎでしょ……」
「い、いや、皆さん、僕なんかより古株だからさ……」
「ああ、そうなるか……っていうか、なんで急にこんな所属変更を?」
「上の決定だからさ……」
「古代課の課長とお話がしたいのですけど?」
「きゅ、急な出張で不在です……」
「ちっ、逃げたわね……」
縄文の問いに課長が答え、弥生が舌打ちする。令和が口を開く。
「申し上げにくいのですが……皆さん文字の記録が残っていないのが、上層部が気になるところなのでは?」
「失礼な、銛くらいあったぞ!」
「いえ、文字です……」
旧石器の発言を令和は否定する。縄文は苦笑いを浮かべる。
「文字ねえ……返す言葉が無いわね、文字通り」
「くっ……だからって、納得いかないわよ!」
弥生が会議室を飛び出す。
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