第6話(2) 篤くテンピュールを敬え

「十七条憲法……聖徳太子しょうとくたいしによってつくられた日本初の憲法ですね」


「そうだよ」


 令和の言葉に飛鳥が頷く。


「憲法とはうたっていますが、内容は官人の心構えを説いたものと受け取りました」


「ふむ……なにせ、そういったものを初めて制定したわけだ、いきなり込み入ったことを長々と言ってもね、皆の頭に入らないだろう」


「校長先生の朝礼みたいなものだな」


「平成さんはちょっと黙っていて下さい」


「ほーい……」


 令和の冷ややかな視線を受け、平成は首をすくめる。


「その先年に制定した冠位十二階では、世襲に囚われず、個人の能力を評価し、幅広い人材登用への道を拓きました。聖徳太子は時の有力豪族であった蘇我氏そがしを抑え込もうとしたのでしょうか?」


「どうだろうね……まず憲法に関しては彼が作ったかどうか疑わしい話もあるしね」


「そもそも聖徳太子が実在したのかどうかという話まで出てきているしな」


「確かに教科書などでは厩戸王うまやとおう(聖徳太子)と記述されるようになりました……」


 平成の発言に令和が頷く。飛鳥が微笑みながら話す。


「まあ、それについてはともかくとして……冠位十二階の方だが、蘇我氏を抑え込もうという狙いが多少はあったかもね」


「では、太子と蘇我氏の対立があったということでしょうか?」


「対立というのは極端だね。君たちが聖徳太子と呼ぶ彼の母親は蘇我氏の出身だ。仏教受容などに関しても意見をともにしている」


「『崇仏論争』ですか……」


「そうだ、仏教が本格的に我が国に伝来していたとき、仏教を受け入れようとしたのが、蘇我氏で、排除しようとしたのが蘇我氏と並ぶ有力豪族の物部もののべ氏しだ。両氏を中心とした論争は次第に過激さを増し、587年に『衣摺きずりの戦い』に発展する。戦いは蘇我氏の勝利に終わり、物部氏は滅亡。この戦いで太子は蘇我氏側についている。仏教受容派だね」


「確かに……憲法第二条にも『篤く三宝さんぽうを敬え』と書かれています」


「だから俺も飛鳥さんに『テンピュールの枕』を送ったんだよ」


「いや、なんでそうなるんですか⁉」


「え、だって……テンピュールを敬えってことだろう?」


「さんぽうですよ! 『仏・法・僧』です!」


「ピロー・ベッド・マットレスじゃないのか……」


「それもある意味三宝ですが……」


「お陰で快適な睡眠が出来ているよ」


「それは良かった、俺も愛用しているんです」


「……おほん、話を変えても良いですか?」


 令和がわざとらしく咳払いをする。飛鳥が笑う。


「どうぞ」


「世界最古の木造建築と言われる法隆寺ほうりゅうじ……607年に建立されたと伝わります」


「ああ」


「そこには聖徳太子の肖像画と伝わるものが残っていましたが……」


「ふむ……」


「この肖像画の真偽についてはどうなのでしょうか?」


「……そもそもだけど、法隆寺は一度消失しているからね」


「え⁉」


「670年だったかな?」


「ということは肖像画についても……」


「どのような経緯で法隆寺に伝来したかも分かっていないというじゃないか。以前見たことがあるが、服装もちくはぐな面がある。後代の誰かの肖像画と考えるのが自然だね」


「ううむ……聖徳太子が実在したかどうかが怪しくなってきましたね」


 令和が腕を組んで首を捻る。平成が目を細めて呟く。


「っていうか、飛鳥さんなら知っているでしょ?」


「……そう言われるとそうですね」


「まあ、その辺りはご想像にお任せするよ」


「そんな……」


「超人的な能力を有し、数々の功績を残したスーパースターが実在したのか……それとも後世による創作された存在か……なんともロマンのある話じゃないか」


 飛鳥はしゃくを懐から取り出し、口元を隠して笑う。平成が口を開く。


「紹介とかしてくれないですか?」


「平成さん、その時代への必要以上の干渉は禁じられています。大体どうするつもりです?」


卑弥呼ひみこさんと金網デスマッチさせたいな。『金網の 音が軋んで 法隆寺』だ」


「『柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺』でしょう!」


「実現したらプラチナチケット間違いなしだぜ?」


「偉人に何をさせようとしているのですか⁉」


「ふふっ、彼が偉人か……」


「飛鳥さん……やっぱりご存知なのではないですか?」


「……あえてノーコメントとしておこう。他に何か聞きたいことはないかな?」


「……また聖徳太子絡みの話になりますが、この時期、百数十年ぶりに中国大陸への遣使を再開させていますね。倭の五王以来のことです」


「ああ、そういうこともあったね」


「『遣隋使けんずいし』です。600年から618年にかけて、計5回派遣されました」


「よく知っているね」


「この政策の狙いは?」


「この国の国際的地位を高める為だよ」


「なるほど……」


「少し失敗もあったがね」


「失敗?」


 平成が首を傾げる。飛鳥が笑いながら説明する。


「『日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す』と国書にしたためてしまってね」


「ああ、隋の煬帝ようだいさんが『激おこぷんぷん丸』になっちゃったんだっけ? 我が国を日没する処とは何事だ!とかって」


「むしろそのギャル扱いに激怒すると思いますよ……」


 令和が呆れた視線を平成に向ける。飛鳥が笑う。


「ふふっ、実際のところは『天子』という言葉に反応したらしいよ」


「皇帝に対し、日本の天皇が対等な立場で語りかけているようですからね……」


「対等な立場に立つのが狙いだったみたいだけどね」


「中国大陸にある超大国を中心とした『冊封体制さくほうたいせい』からの脱却……」


「そういうことだね。なかなか察しが良いね、令和ちゃん……ん?」


「飛鳥さま……蹴鞠でもいたしませんか? ん? お前らは……?」


 飛鳥と似たような恰好をした小柄な男性がそこに現れ、平成たちを怪訝そうに見つめる。


「あ、怪しまれているぞ、俺たち……」


「一緒にしないで下さいよ、怪しいのは平成さんだけでしょう?」


「ああ、気にしないでくれ、彼とは寝具をともにする仲だ」


「いや、あらぬ誤解を招く言い方⁉」


 飛鳥の雑な説明に平成が慌てる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る