第6話(1) スマイル&飛鳥

                  6


「さすがに埴輪の巨大化について、報告はしましたよね?」


 自らの席に戻ってきた平成に令和が尋ねる。


「ああ……」


「課長の見解は? 私にも何も答えてくれなかったのですが?」


「うん……」


「平成さんには何か答えてくれたのではないですか?」


「まあ……」


「なんですか、歯切れが悪いですね」


「とにかく今言えることは少ないし、対策の取りようがないのが正直なところだ」


「調査などは行えるのでは?」


「それは俺たちの仕事ではない、令和ちゃんには優先するべきことがある」


「優先するべきこと?」


 令和が首を傾げる。平成が頷く。


「……挨拶まわりだ」


「またですか……」


「というわけで今日も出かけるぞ、準備しろ」


「は、はい……」


 平成に促され、令和が出かける支度をする。


「……準備出来たな? それじゃあ行くぞ」


 平成と令和が部屋を出る。


「……そういえば、古墳さんから七支刀をもらっていましたね?」


「レプリカだけどな、令和ちゃんもなにか貰っていなかったか?」


「円筒埴輪と形象埴輪を少々……」


 令和は自らの鞄を開き、いくつかの埴輪を見せる。


「少々って……結構もらったな」


「こういうのはいくらもらってもいいものですから」


 令和の言葉に平成が苦笑いする。


「まあ、あって困るものでもないが……ただで貰ったのか?」


「それが思い出せないのです……」


「おいおい、どうなってんだよ」


「冗談です。勾玉のスペアと交換しました」


「ああ……あの勾玉もちょっと調べる価値はありそうだな……」


「時間が出来たら調べてみます」


「頼むぜ。あ、いたぜ、今日の挨拶相手……」


 平成が差し示した先に複数の女性に囲まれた男性が歩いている。令和が呟く。


「女性が沢山……」


「おーい!」


「……」


 平成の呼びかけにも男性は応じず、周囲の女性たちと何やら楽し気にしている。


「……聞こえてないようですね」


「おーい‼」


「……」


「おいって!」


「……」


「あーもう、今からあいつを殴りに行こうか!」


「いや、もう少し近づいて声をかけるとか! 他にやりようはあるでしょう⁉」


 短気を起こした平成を令和が大声を上げてなだめる。


「うん?」


 男性が振り返る。頭には冠を被り、上半身には長くゆったりとしたほうと呼ばれる服を着て、下半身には袴を履いている。冠と袍、そして袴の色は濃い紫色で統一している。涼やかな目元に細く整った口髭と短めの顎髭が印象的である。令和が頭を下げる。


「あ……どうも」


「誰かと思えば平成くんか、久々だね」


 男性が歩み寄ってくる。令和が尋ねる。


「平成さん、こちらは……?」


「……時管局古代課所属の『飛鳥あすか』さんだ」


「は、初めまして、令和と申します」


「ああ……噂の新しい時代さんだね。よろしく」


「よ、よろしくお願いします」


「それで? 今日はどうしたんだい?」


「えっと……」


「ねえ~飛鳥さま~私たちと『』を食べに行きましょうよ~」


「何言っているの! 私たちと『飛鳥鍋』を食べに行くのよ! ねえ? 飛鳥さま~?」


「……この女性陣を下がらせてくれませんか?」


「……私は十人の話を同時に聞き分けられるから、このままでも問題はないけど?」


「女性限定でしょ? 俺の呼びかけは全然聞こえてなかったじゃないですか」


「……そうだったかな?」


 飛鳥は小首を傾げる。


「……とにかく人払いをお願いしますよ」


「え~なによ、この若僧! いきなり現れて!」


「そうよ、そうよ!」


「わ、若僧って……まあ、ある意味そうなんだが……」


「……皆、すまないが、今日はこのあたりで……お話の続きはまた後日……」


 飛鳥はふっと微笑む。 その微笑みは顔の感情表現を極力抑えつつ、口元だけは微笑みの形を伴っていて、生命感と幸福感を感じさせるものである。


「! は、は~い♡」


 女性陣はまわりからすっと離れていく。令和が驚く。


「微笑み一つで女性陣を黙らせた! な、なんという『アルカイックスマイル』!」


「それはもちろん、伊達に『仏教』を受容してはいないからね」


「は、はあ……」


「仏教が日本に伝来したのがこの時期だからな。538年頃だったかな」


「な、なるほど……た、確かに言われてみると、京都広隆寺にある日本の国宝彫刻第一号、『弥勒菩薩半跏思惟像みろくぼさつはんかしゆいぞう』を彷彿とさせるものがありました」


 平成の言葉に令和は深々と頷く。飛鳥は右手をほほに当てて微笑む。


「国宝級の笑顔だなんて……まあ、否定はしないよ」


「嘘でも否定して下さいよ、謙虚さを持って下さい」


 飛鳥に対し、平成は冷ややかな視線を向ける。


「相変わらず手厳しいね、平成くんは……」


「貴方のペースに合わせていたら、こっちの調子が狂うんで」


「ふむ……それで用件の方は?」


「令和ちゃんの挨拶まわりです。古代課の方から回らせてもらっています」


「そうか、何か聞きたいことはあるかい?」


「え、えっと……そのお召し物についてなのですが……濃い紫色で統一されていますね?」


「ああ、ラッキーカラーだからね」


「え?」


「冗談だよ、603年に定められた『冠位十二階かんいじゅうにかい』という制度によるものだ、濃い紫色は『大徳だいとく』という冠位で、一応最上位ということになっている。朝廷から授かったものだ」


「……時代が授かるというのも妙な話じゃないですか?」


 平成が口を挟む。


「余計な揉め事は避けたい……『和を以て貴しと為し』、604年の『十七条憲法じゅうななじょうけんぽう』の心だよ」


 そう言って飛鳥は再びふっと微笑む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る