第1話(1) カフェテリアにて

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「……」


「……」


 令和と平成は場所を自分たちが勤務するビルからその近くにあるカフェテリアに移して、互いに向かい合って座っている。


「……」


「いや、さっきから黙ってばっかりじゃないか」


 沈黙に耐えかねた平成が口を開く。令和が頬杖をつきながらため息をつく。


「……はあ」


「え? そこでため息ついちゃう? それどういう意味?」


「『退屈』、『苦労』……どちらだと思いますか?」


「どっちも良い意味じゃないじゃん……う~ん、苦労?」


「『失望』です」


「第三の選択肢⁉ どこに失望する要素があるんだよ?」


「……新たな時代として研修を受け、晴れてこちらの時代管理局じだいかんりきょく……通称『時管局じかんきょく』に奉職することが出来ましたのに……」


 令和はカフェテリアの席から見える立派なビルを見上げる。


「良いじゃないかよ、何が不満なんだよ? もしかして課長から『経験と実績ある俺とバディを組め』って言われたことか?」


「ええ、そうです」


「はっきりと言うなよ!」


「課長は『経験と実績ある~』とまでは言ってなかったと思いますが……」


「ま、まあ、そこは良いだろう。それに新入りは先輩について仕事を覚えていくもんだ。そんなのどこだって一緒だろう」


「はあ……」


「またため息ついたな、一体俺の何が気に入らないんだよ? 良いよ、この際だからもうどんどん言っちゃいなよ」


 平成は大袈裟に両手を広げてみせる。令和がためらいがちに呟く。


「……名前?」


「そ、そこから⁉ そ、それはしょうがないだろう」


「後……」


「まだあんのか?」


「……生理的に無理ですね」


「新時代の洗礼⁉」


 平成は椅子から転げ落ちそうになるが、なんとか堪える。


「まあ、それは冗談ですが……」


「じょ、冗談だったか。まあ、俺のライフはもうゼロに近いけどな」


「『経済成長も実質ゼロ』だったですしね」


「ぐはあっ⁉」


 平成は胸を抑えながら椅子から崩れ落ちる。周辺の客が心配そうな視線を向け、店員が駆け寄ってくるが、すぐさま体勢を立て直した平成は周囲に対し、お気になさらずといった具合に手を振り、椅子にゆっくりと座り直す。


「大丈夫ですか? こんなところで転んで恥ずかしくないですか?」


「ああ、こんなところで後輩の言葉のナイフによってプライドをズタズタにされているが、俺には失うものなどもはやない」


「『三十年も失いました』からね」


「がはあっ⁉」


 平成が今度は腹を抑えながらテーブルに思い切り突っ伏す。ガンっと大きな音がしたが、平成はすぐに上体を起こし、おでこのあたりをさすりながら、アイスカフェオレを飲む。


「大丈夫ですか? リアクションがいちいち大きいですね」


「……副業で動画配信者にでもなろうかと考えていてな」


「無駄に動き回れば良いものでもないかと思いますよ、やっていることはまるで『底辺動画配信者』のそれです」


「どはあっ⁉」


 平成は奇声を発しながら天を仰ぐ。


「あ、今度はさすがに椅子から動かなかったですね」


「何なの⁉ 令和ちゃんは泣かしたいの⁉ 俺のこと? 悪いけど……泣くよ、俺は? ささいなことで泣き笑いする時代だよ⁉」


「そのような加虐趣味は持ち合わせてはおりませんよ」


「どうしてそんなひどいことを言えるんだよ⁉」


「事実を淡々と述べているまでですが」


「包んで! オブラートに! 無用なトラブルを引き起こすことになるよ⁉」


「……分かりました。以後気をつけます」


「た、頼むよ、マジで……」


 令和は一口アイスカフェラテを飲み、カップを置く。


「では、先輩に聞きたいことがあるのですが……」


「おっ、いいぜ、なんでも聞いてくれよ。なんてたって君よりも何十年か多く時代としての経験を積んでいるからな」


「まず……全世界規模のパンデミックとそれに伴う経済的・社会的混乱の迅速な収拾についてアドバイスをお願いしたいのですが……」


「ご、ごめん、いきなりキャパオーバー!」


 平成が両手を合わせながら頭を下げる。


「ご回答頂けないということですか?」


「少なくともこんな昼下がりのカフェテリアでおいそれと答えを出す問題じゃないな……」


「そうやってなんでも先送りにしてきたのですね……」


「うっ……」


「『少子高齢化』、『地球温暖化』、『格差社会』、エトセトラ……」


 令和は指折り数えながら呟く。平成はポンポンと手を叩く。


「も、もうちょっと明るい話をしようぜ!」


「明るい話ですか?」


「そうそう、例えば好きなスイーツって何? せーので言い合おうぜ!」


「いきなりですね……」


「まあまあ! いくぞ! せーの……『ナタデココ』!」


「……『タピオカ』!」


「タ、タピオカ好きなの⁉ また流行ったのか……」


「『鉈で、殺狐』とは……随分物騒なスイーツですね……」


「物騒ってなんだよ、イントネーションが違うって」


「どういうものですか?」


「こういうものだよ」


 平成は自分の端末でナタデココの画像を見せる。令和が頷く。


「ああ、こういうものですか」


「タピオカが流行ったんならこれもまた流行ったんじゃないの?」


「今のところは……『平成レトロ』ブームでもまだ取り上げられている印象はありませんね」


「ちょ、ちょっと待て!」


「はい?」


「平成レトロって何だよ⁉」


「『平成を懐かしく想う文化的風潮』のことですが」


「レトロって昭和とかに使う言葉だろう⁉ 何を勝手に懐かしがっちゃってんの⁉」


「いや、それは……平成さんは『過去』じゃないですか」


「ぶはっ⁉」


 平成は大口を開けて背もたれに寄りかかる。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫ではないね! !」


「!」


 平成と令和の端末が同時に鳴る。出てみると課長の声がする。


「付近の銀行に強盗が出現したようだ! 鎮圧に向かってくれ!」


 平成と令和は会計を手早く済ませ、カフェから飛び出す。


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