第20話 スラグシルバー


 ビージーが二度目の仕事を終えた翌日。

 

 ふたりは一通り今日の訓練を終え、影の御子の衣装のうちマントだけ取った姿で夕食を取っていた。

 ケルビンは夕食を食べながらテーブルの向かいに座るビージーに次の仕事について説明した。


「ビージーも予想してたと思うが、次の仕事は皇帝が独占する素材をいただく。全ての丸薬を作る上で必須の素材だ。これがないとキノコがあっても丸薬は作れない。

 場所は帝都中央、皇帝の居城の地下にある常闇の枯れ谷と呼ばれる地下大空洞だ。


 空洞にはケーブスラッグという大ナメクジがいてそいつの出す粘液がその素材だ。素材の名まえはスラグシルバー。乾いた粘液は銀色に見えるからそう呼んでいる。皇帝は捕まえた罪人・・にスラグシルバーを集めてさせている。


 そのスラグシルバーだが猛毒だ。皮膚に付けば皮膚はただれるがそれだけではなく、そのうち息が苦しくなり、実際に窒息したのかどうかは分からないがラシイ死に方をする。

 そうならないためにはスラグシルバーがついてしまった部位を素早く切り取るしか無い。首とか切り取れない場所ならそれまでだ。

 ただスラグシルバーは一度乾いてしまうと毒ではなくなる。水を加えてももとには戻らない。そのおかげで、乾いて塵になって飛ぶスラグシルバーを吸っても何も起こらないし、乾いてしまったスラグシルバーの上を歩いても靴がやられることはない。


 ケーブスラッグは獰猛な生き物なので、直接ケーブスラッグからスラグシルバーを採るのは危険だ。従ってケーブスラッグが移動した後に残す粘液を採集することになる。

 問題は、大空洞は厳重に警戒されていることだ。それも審問官達によってだ」


「ふーん。

 それでも今までケルビンは、スラグシルバーを採ってきてたんでしょ?」

「まあな」

「なんで地下の洞窟なんかにナメクジがいるの? ナメクジのエサって何なの? ナメクジは石を食べてるわけじゃないんでしょ?」


「ケーブスラッグは肉食だ。ビージー、一番簡単に手に入る肉ってなにか分かるか?」

「うーん。羊? かな?」

「いや、一番簡単に手に入る肉は人間だ。

 処刑された人間の死体や獄死した人間の死体を人夫が常闇の枯れ谷に運び入れてケーブスラッグのエサにしている。それと粘液を集める時、間違って体につけてしまった人夫もすぐに死んでそのままケーブスラッグのエサになる」

「うわっ」


「大空洞の中で働く人夫たちも処刑される罪人だ。そのうち殺されてナメクジのエサにされる。

 エサになる罪人や人夫が足りないときは、審問官たちが街に出て適当な理由をつけて人を狩っている」

「みんなそのことを知っているの?」

「一部の者だけは知っている。ローズとかな」

「ふーん」


「いずれ何とかしたいが今はまだその時期じゃない」

「何とかするって?」

「審問官を全員倒すことはできないが、その大元の皇帝を倒せば、審問官は何もできなくなる」

「皇帝を倒すって、そんな事できるの?」


「わからないが、俺はそのつもりだ。そのためには死んでもいいと思っている。

 その時はビージーにも手伝ってほしいが、無理にとは言わない」

「わたしはケルビンの女だからケルビンのためなら何でもするよ」


 ビージーのいつもの物言いに苦笑いしたケルビンは話を続けた。

「それでだ。大空洞内ではケーブスラッグのエサの死体が転がっているわけだが、ケーブスラッグの食べカス・・・・は溶けてしまってタダの赤い塊になってしまう。そうなると元の姿がどうだったのかは全く分からない」


 ビージーがイヤそうな顔をして話を聞いている。さらにケルビンは話を続ける。

「大空洞の中で大きな音を立てるとケーブスラッグが集まってくるから、審問官たちも大きな音を立てられないので仲間を呼べない。そういうことなので審問官を遠慮なく狩れるわけだ」

「わたしも審問官を殺すの?」

「場合によってはな。そこは覚悟しておけよ。

 これまでの訓練でビージーもかなりやれるようになっているから、そうそう後れを取ることもないと思う。


 基本通り後から気づかれないように迫って、不意打ちで仕留めれば何とかなる。

 審問官は俺たち同様フード付きのマントを着ているから急所を突くのは難しい。一度マントを切り裂いて急所を露わにしてそれからということになる。


 前にも言ったかもしれないが、人を後ろから斃すなら頭が下がって首が前に伸びているようなら、首の骨の間にスタブナイフを差し込むのが一番簡単だしナイフも傷まない。

 首が伸びてないならダガーナイフで耳の下に切っ先を突っ込んで動脈を切ってしまうのがいいが、こっちは血が吹き出るからお勧めじゃない。特に大空洞内だと大ナメクジが血の臭いに反応するからな」

「わかった」


「審問官の連中は黒い丸薬を飲んでいる。黒い丸薬は審問官限定だが、連中が飲むと赤から緑まで4種の丸薬各々の効果の約六割の効果を得ることができる。それに俺たちほどじゃないが暗闇でも目が利く」

「一粒飲むだけで?」

「一粒飲むだけでだ」


「わたしたち影の御子もその黒い丸薬を飲めないの?」

「こればっかりは飲めない。飲めばおそらく死ぬ」

「それを聞いててよかったー」


「お前、飲むつもりだったのか?」

「うん。

 だって審問官を斃せば簡単に手に入りそうだし、一粒で四種類の丸薬の効果がそれぞれ六割ならかなりお得でしょ?」

「そういう考え方も確かにあるが、いちおう何か新しいことをするときは一言俺に相談してから試してみるようにしろよ。思わぬところに落とし穴があるからな」

「わかった」



 食事も終わり一息ついたところで、ケルビンがビージーに、

「片付けが終わったらマントを着て出発だ」

「うん」

「おっと、その前にお前のナイフを見せてみろ。訓練のときは大丈夫そうに見えていたがしっかり見てやろう」

「?」

「刃が傷んでたら研ぎ直す必要があるし、もしヒビが入っていたら使えないからな」


 ビージーがベルトに付けた二つの鞘からそれぞれナイフを取り出して、ケルビンに渡した。

 ケルビンは渡されたナイフの刃を確認して、

「ダガーナイフの刃は傷んではいないようだ。今日はいいだろう。

 スタブナイフの刃先も大丈夫だ。

 そのうち研ぎ方を教えてやる。研ぎ方を覚えたら自分で手入れしろよ」

「うん」



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