第21話 ダンジョン
ケルビンは影の御子のマントを羽織り、同じく影の御子のマントを羽織ったビージーに、三種類の丸薬を渡し、先にその三種の丸薬を飲み込んだ。
「今回は審問官に遭遇して戦いとなる可能性が高い。最初から三種の丸薬を飲んでいく」
今回三種の丸薬は、速さと身軽さのフラバ、器用さと正確さと注意力のブルア、その二つを強化するため銀色のアージェントの三種だ。
丸薬を手渡されたビージーはその中の銀色の丸薬を見て、
「アージェントの丸薬って値段もそうだけど三粒しかなかったんでしょ? 大丈夫?」
「こういったものは、使うためのものだ。
ビージーなら覚えているだろうが、アージェントの丸薬を飲めば、他の丸薬の効果が五割増し。持続時間も五割増しになる」
「うん。覚えてる。それじゃあ一緒に飲み込むね」
ビージーは手にした三粒の丸薬をそのまま飲み込み、腹の中で三つの丸薬を感じることができた。
「ほんとだ。フラバとブルアを飲んだだけのときより周りが明るいし小さな物までよく見える。それに音もうるさいくらいよく聞こえてる。体も軽い感じ」
「それでいい」
二人はいつものようにセーターの首を伸ばして鼻まで覆い、床の扉を開いて地下室まで梯子を下りて、そこから下水道に出ていった。
下水道の暗闇の中をケルビンが駆け、その後をビージーがついていく。
何度か曲がり角で側道を曲がり、数回下水を飛び越えたところで、
「ここだ。この上が皇帝の住む常闇の城だ」
「常闇の城っていうからには、お城の中は真っ暗なの?」
「俺たちのいるこの下水道だが暗いと言っても完全な暗黒じゃない。だからこそ俺たちの目で周囲を見ることができる。
しかし、常闇の城の中で皇帝が住むと言われている暗黒の塔の中は完全な暗黒らしい。その中に入ってしまえば俺たちでも何も見ることができない。そんな中で皇帝と皇帝の世話をする侍女だけが周りを見ることができるそうだ」
「闇の御子は完全な暗闇の中でも目が見えるってこの前聞いた。
侍女が真っ暗闇の中で周りが見えるってことはその侍女も闇の御子なの?」
「いや。皇帝が何らかの力を使って侍女にそういった能力を与えているらしい。その意味では、そういった力を与えることができるのも闇の御子の能力の一つなんだろうな」
「やっぱり皇帝ってすごいんだ」
「そうだな。
それで、俺たちはこれから大洞窟に忍び込まなくちゃいけないんだが、大洞窟は城の地下にあるダンジョンのそのまた下にある」
「ダンジョンって?」
「罪人を閉じ込める牢獄のことだ。特に地下にあって薄暗い牢獄をダンジョンと呼ぶことが多い」
「そうなんだ」
「まずは城のダンジョンに忍び込んで、それから大洞窟に向かう。
それでダンジョンへの入り口がここだ」
そう言って立ち止まったケルビンは、側道の壁のレンガを抜き取っていった。抜き取ったレンガは丁寧に重ねて脇に置いている。
「人が通れるだけの大きさでレンガをいったん外している。帰る時は元通りにしておかないとならない」
ケルビンがビージーに話しながらも素早くレンガを抜き取り、人ひとり潜れるような
「こんなところに孔が空いてるんだ」
「孔の先はダンジョンの牢獄の一室だ。昔俺が繋がれていたところだ」
「そうなんだ」
「ああ。しばらくケーブスラッグのエサ係をさせられていたが、もう一週間逃げ出すのが遅れていたら、審問官に処刑されてケーブスラッグのエサになっていた。
偶然牢獄の壁のレンガに手をやったら、レンガが動いたんだ。そのレンガを中心にレンガを外していったら壁の向こうに下水道まで続くこの亀裂があったんだ。そういうことで俺はダンジョンから逃げ出すことができたってわけだ」
「真っ暗だったんでしょ? 薬もないのによく下水道の中を逃げられたね」
「ちょうど地上は昼間だったようで、マンホールからのわずかな光で下水道の中でも少しは見えたんだ。そこでも運が良かったってことだな。下水を浚う人夫にも出くわさなかったし」
ケルビンは急な下り坂になっていた亀裂の中を進んでいき、ビージーもついていく。影の御子の二人にとってもほとんど視界が利かない暗闇の中、二百やーどほど亀裂を下ったところで正面に壁がわずかに見えてきた。近づいて見るとレンガで出来た壁だった。
「そのレンガの先だ。俺がいた牢屋は」
ケルビンが亀裂の底に跪いて壁のレンガを抜き取っていき、また人一人通れる大きさの孔を作った。
その孔を潜り抜け、ケルビンとビージーは地下ダンジョンの牢屋に入っていった。
ケルビンがいたという牢屋は四面がレンガでできた壁で、その壁の一つに鉄の格子でできた扉が嵌められていた。
ケルビンは素早くレンガを嵌め戻して穴を塞ぎ、腰袋の中から取り出した鍵束の中からカギを1本選び出し扉の鉄格子の向うに手を回して鍵穴にその鍵を差し込み簡単に扉を開けた。
『この部屋の中に誰かいたらどうするの?』と、ビージーが疑問に思ったことをケルビンに小声で聞いた。
『そういえばそうだな。いままで一度もそんなことがなかったから気にも留めなかったが、そういうことはあり得るな。なかなかビージー鋭いぞ』
『えへへ』
『妙に騒がれてもマズいし、そのときはおとなしくしていても、
『殺しちゃうの?』
『そいつはいずれ死ぬか殺される。そう思って殺すしかない』
『……。そうだよね』
『いくぞ!』
『うん』
背をかがめたケルビンが、暗い通路をどこかの明かりで照らされてやや明るい前方に向かって音もなく進んでいった。
ビージーも背を屈めケルビンの後を同じように音もなくついていく。
通路の両側には鉄製の格子が規則正しく並んでいたが、格子の先に人の気配はなかった。
『人がいないね』
『そうだな。どうもこの一帯は使っていないようだ』
二人は明かりがともった場所に出た。
そこは吹き抜けのようになっていて壁の隅に下り階段があり、吹き抜けを巡るように壁に沿って上り階段が付いていた。
『そこの階段を下りていく。途中審問官や人夫と出くわすかもしれないが、俺が
審問官は明かりを使っていないが
『分かった』
ケルビンがマントの中で腰の鞘から二本のナイフを引き抜く音がビージーの耳にわずかに聞こえた。
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