第9話 ナイフ1


 ビージーが訓練を始めて五日が過ぎた。


 朝起きて体が悲鳴を上げるようなことも無くなっている。五日目の今日は腕立て伏せは五十回、腹筋は二百回できた。箱の昇り降りに至っては際限なく続けることができる。


「ビージー、なかなかいいぞ。少し体に肉もついて来たようだしな。次はナイフの扱いを教えてやる」

「ナイフなんか使って危なくないの?」

「訓練用の木のナイフを用意したから、安全だとは言えないがそれほど危なくはない。俺とお前の腕の差から考えて、お前が自分で自分を突いたりしなければケガすることはない。安心しろ」


 木箱の中からケルビンが四本の木製ナイフを取り出した。そのうちのやや短い二本をビージーに渡して、ケルビンは説明を始めた。


「ビージー、今渡したナイフのうち両刃のナイフがダガーナイフ。

 もう一つは細い分肉厚になってるだろ。そいつは突き刺すことに特化したスタブナイフっていうナイフだ。

 それじゃあ、ビージー、今渡したダガーナイフを利き手で構えて、スタブナイフを反対の手に構えてみろ」


「この細いナイフがスタブナイフだよね?」

「そうだ。さっき言ったように突き専用のナイフだ」


 ビージーが短剣の柄を持って左右とも順手で構えた。


「いまの持ち方が順手だ。刃先が下に向くように構えると逆手だ。

 順手は刃の長さ分リーチが伸びる。

 逆手だとリーチが伸びない代わりに力が入る」


 ビージーは左手のスタブナイフを逆手に持って振ってみた。

「ほんとだ。こっちの方が力が入る」


「そうだろ。最初は両方とも順手で訓練を始めるからな。

 それで、ナイフの柄の握り方だが、親指と人差し指はやや力を込める程度。

 残りの指は遊びがあるくらいでちょうどいい」


 ビージーはケルビンに言われた通りナイフを手に持った。


「ああ、そんな感じでいい。

 それで、右足を少し斜め前に出して、左右の踵はわずかに浮かして膝も少し曲げて、くるぶしと膝でバネをためる」


 ビージーがケルビンに言われるままナイフの構えを取っていく。


「そうだ。なかなかいいぞ。

 それで、いったん両腕をだらりと下げてみろ」

「こう。何だか変な格好」

「まあな。右腕に余分な力が入らないように意識しながら、肘を曲げて手を少し前に出す。

 前に出し過ぎると、相手に払われたり腕を掴まれたりするから、そこは少しだけだ。

 左手も同じように力を抜いたまま、肘を曲げて少しだけ前に出す。

 両脇はゆったりと」


 ビージーがそれらしい格好でナイフを構えた。


「よーし。そんな感じでいい。

 基本は右手で受けて、踏み込んでから左手で止めを刺すって感じだ。

 左手は力の入る逆手でもいいが、慣れるまでは順手でいいだろう。

 ナイフでの戦いで重要なのは、簡単に言うとスピードと正確さだ。

 敵の動きをよく見て素早く反応して、敵の一瞬のスキを突く。

 基本的な動きの習得が先だがな」

「うん」


「まずは基本の突きからいってみよう。

 ナイフに限らず刃物を扱う時は、刃先がナイフの重心と同じ動きをすることが基本だ。

 突きの場合はナイフの切っ先が動いた後を重心が追いかける形だ。

 重心て分かるよな?」

「うん。なんとなくだけど分る」

「よし。

 それで、刃先や切っ先の動きと重心の動きがズレるとナイフが折れることがあるからな」

「分かった」


「それじゃあ、俺がナイフを構えるから、俺のナイフの切っ先にお前のナイフの切っ先を当てる訓練だ。

 最初はゆっくりでいいぞ」

「えー、そんなことできるの?」

「もちろん簡単じゃない。訓練してればそのうちできるようになる。

 行くぞ」


 ケルビンがそう言って、右手に持ったナイフを構えた。


「えいっ!」

 ビージーは右足を一歩前に出して右手のナイフを突き出したが、ケルビンの構えるナイフにかすりもしなかった。


「ゆっくりでいいから、よく狙ってみろ」

「うん。

 えいっ!」


 それから三十回くらいビージーはケルビンの持つナイフに向かってナイフを突き出したものの、一度もかすりすらしなかった。


「全然当たる気がしない。難しすぎる」

「ビージー、俺がやって見せるからお前はナイフを構えてみろ」


 ビージーがナイフを軽く突き出した形で構えをとった。

 一歩下がったケルビンが「それっ!」の掛け声と同時に一歩踏み込んでナイフを突き出した。

 ケルビンのナイフの切っ先は見事にビージーの持つナイフの切っ先を捉えている。


「凄い!」

「訓練を続けていれば誰でもできるようになる。

 もちろんお前でもできるようになる」

「わかった。やってみる」


 それから、百回ほどビージーはケルビンの持つナイフに向かってナイフを突き出したがやはりかすりもしなかった。


「一日でどうこうできるわけないから焦る必要はない。俺でも一年かかってるんだからな」

「そうなんだ。安心した。

 いままで、左手のナイフは持ったままなんだけど、左手の方はいいの?」

「正直、今は左手のナイフは不要なんだが、手になじむことが大切だから持たせてるだけだ。

 だから今は意識する必要はない」

「そうだったんだ」


 それから、ケルビンが夕食の準備を始める時間まで数百回ビージーは突きを繰り返した。

 ケルビンの持つナイフの切っ先にかなり近くにビージーのナイフの切っ先が近づくようになったが、切っ先を突くことはできなかった。


「初日としてはなかなかのものだ。

 晩飯の支度を始めるから、ビージーは水を汲んで樽に水を補充してくれ」

「はい」


 桶を持ったビージーがアパートの裏庭の井戸から水を汲んで何往復かして樽はいっぱいになった。


「後は何すればいい?」

「ビージーはもう休んでていいぞ」

「なら、後ろでケルビンを見てる」

「好きにしてくれ」



 食事が終わり、後片付けを終え、しばらくしたところでビージーは眠くなったようでベッドに入って眠ってしまった。


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