第8話 訓練2


 箱の上り下りを千回繰り返したビージーがやる気を見せている。

「それなら、もう千回やってみろ」

いーちにーさーん、……、九百九十九、せん

 ふー。ちょっと疲れたかも?」

「疲れないと訓練にならないんだ。

 それじゃあ、もう千回頑張ってみようか。俺はその間晩飯の準備をしておく」

「はーい。

 いーちにーさーん、……」


 ケルビンが台所でスープの下ごしらえをしていると、少しずつビージーの数を数える間隔が間延びしてきた。

「……、六百、ふう、六百一、六百二、……」


 ケルビンは今日買ってきたベーコンと下ごしらえの終わった野菜を入れた鍋をストーブにかけ、火をおこした。

「……、ふう、八百、八百一、ふう、ふう、はあ、はあ」

「ビージー、無理そうなら休憩してもいいぞ」

「まだまだ平気」


「無理して体を壊しちゃまずいから、水でも飲んで休憩しろ。

 薬缶の中にまだ水が入ってるはずだ。コップはそこにあるだろ。そのコップはお前専用で使え」

「うん。ほんとは思ったよりきつかった」

「明日の朝になったら膝が笑うから、今から楽しみだ」

「膝が笑う?」

「明日になればイヤでも分かる」


 ビージーは薬缶からコップに水を入れ、その水をコクコクと喉を鳴らして飲んだ。

「ふーん。……。お水おいしい」

「脚はこれくらいにして、もう少し休憩したら腕を鍛えるか」

「どうするの?」

「腕立て伏せって言うんだが、こんな感じで、体を伸ばして床に手をついて、腕の力だけで体を上下させる」

 ケルビンが床の上で腕立て伏せをビージーの前でやって見せた。


「へー、簡単そうに見えるけど」

「俺がやれば簡単だが、お前みたいに腕に肉がついてないとかなりきついと思うぞ。

 腕以外にもどこにも肉が付いていない分体が軽いから逆に簡単かもしれんがな」

「やってみる。これも千回?」

「いや、千回は無理だから、とりあえず五十回を目標にしてみろ」

「わかった。

 いーちにー、あれ? 結構腕に力がいる? さーんしーい、ごー」


「もう丸薬くすりの効果は切れているだろうからな。

 戦いの最中薬が切れちゃまずいから、どの丸薬の効果がどれくらいもつのか覚えておく必要があるが、体ができてからじゃないとあまり意味がないからそのうちな」

「ろーく、わたし、戦うの?」

「そういうこともある」

「しーーち」


 ビージーが必死で腕に力を入れ腕がぴくぴく震え始めた。

「はーーーち。も、もうだめ」

 ビージーはそのままバタンと床の上にうつぶせになって伸びてしまった。


「ハハハ。まあ、最初はそんなもんだ。

 少し休んで次は腹の筋肉を鍛えよう」


 ……。


「もうだいじょうぶ」

 腕を軽く揺り動かしながら、ビージーがケルビンに復帰宣言した。


「それじゃあ、床の上に仰向けになって、両手を頭の後ろで組む」

 ビージーがケルビンに言われた通り床の上に仰向けになり両手を頭の後ろで組んだ。

「そう。それでいい。

 そしたら、下半身は床に付けたまま上半身を起き上がらせて、額が足に当たるまで曲げるんだ。これは腹筋っていうんだ」


「こう?」

「そうだ。それでいい。

 これもできるだけやってみろ。

 そーだなー、さっきので八回だったから、腹筋なら二十回くらいいけるか」

にいさんしー、……、九、十。

 これはさっきより楽。十一、十二、……、十九、二十。

 ちょっときつくなってきたかも? 二十一、にじゅうに、にじゅーーさん、にじゅうーーーし。

 うー、もうだめ!」


「少しずつ回数を増やしていこう。今日は始めたばかりだから気にする必要はないからな」

「体全体を使ったせいか、すごく体がだるい」

「それぐらいじゃないと体は鍛えられない。最後にまた箱の昇り降りをして、それで今日はお終いだ。千回は厳しいか」

「分かった。できるところまで頑張ってみる。

 一、二、……」



 初日の訓練を終えて夕食を済ませたあと、ビージーはしばらく起きていたが瞼がすぐに下がってきた。

「ケルビン、もう寝ていい? わたしは床に寝るからケルビンはベッドで寝て」

「ビージー、ベッドで寝てろ」

「わかった。ケルビンを待ってるから。そのときは優しくしてね」

「分かったから、さっさと寝ろ」


 ベッドに入ったビージーはすぐに寝息を立て始めた。



 最初の訓練の翌日。

「ビージー、朝だぞ」

 ケルビンが朝食の支度を済ませて、ベッドの上でぐっすり眠っているビージーに声をかけた。

「もう朝。

 足が痛い。お腹の肉も、腕も、みんな痛い。

 あれれー、うー。体中が痛くて起き上がれない」


 ケルビンがビージーに物干しロープにかかっていたタオルを投げてやり、

「病気じゃないんだから、ガマンして起きろ。起きたら顔を洗ってこい」

「うーー。ひいーー」


 うなりながらなんとか起き上がったビージーは、変な声を出しながら脚をガニ股にしてケルビンから渡されたタオルを持って裏庭に出ていった。



 部屋に帰ってきたビージーは、食事の準備ができたテーブルの前の椅子に座った。

 腕や体を極力動かさず、スープを飲もうとするのだが、腕を動かさずにはスープをスプーンですくって口に運べないので、ここでも、ヒーコラ言って何とか食事を終えることができた。


「体を動かしていれば自然と痛みは取れる。そろそろ訓練を始めるぞ」

「う、うん。わかった」


 全身の筋肉が痛くてヒーヒー言いながら訓練メニューをこなしていたビージーだが、ケルビンの言ったように体を動かしているうちに少しずつ痛みも薄れていき、メニューを順調にこなしていった。


[あとがき]

2023年11月23日

SF短編『新未来戦線 シャドーウォー』(8000字)

https://kakuyomu.jp/my/works/16817330667226717827

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