第7話 影の御子。訓練1


 ケルビンが渡した三つの丸薬にビージーが適応していた。


「ビージー、お前はおそらく御子みこだ。

 俺の知っている御子は二種類で、一つは俺の『影の御子』。

 もう一つは『闇の御子』。闇の御子については、皇帝が闇の御子であるということと、闇の御子は光が全くない完全な闇の中でも目が見えるということ以外全く分からない。

 もしお前が俺と同じ影の御子なら、何か一種類でも丸薬を飲んでいれば夜目が利くようになる。

 完全な暗闇ではさすがに何も見えないが、わずかでも光があればはっきり周囲を見ることができる。

 試してみよう」


「四つ目の丸薬は飲まなくていいの?」

「四つ目はこの緑の丸薬、ベルダだ」

 そう言ってケルビンは緑の丸薬を別の小瓶から取り出してビージーに見せて、また小瓶に戻した。


「ベルダは体力の薬だ。

 全力で走っても、どんなにきつく体を動かしても、ほとんど疲れなくなる。

 そういうものなので試すのに時間がかかるし、丸薬は一つでも結構な値がするからな。

 お前には関係ないが、こいつは十人中九人に適性がある。

 そして、このちょっとくすんだ銀色の丸薬がアージェントだ」


 ケルビンは銀色の丸薬を最後の小瓶から取り出してビージーに見せて、また小瓶に戻した。

「アージェントを飲むとここにある四つの丸薬の効果がいっきに増す」

 そう言ってケルビンは四つの小瓶を指さした。


「こいつは高価で一粒金貨一枚だ。

 金で済むならそれでもいいんだが、なかなか手に入らない。今手持ちで三粒しかない。

 ここぞとここぞというとき用だな」


 そう言ってケルビンは五つの小瓶をタンスに戻し、それから部屋の隅に歩いていって床の端の隙間に手を入れて床板を少しだけ持ち上げた。

「ビージー、この隙間から覗いてみろ。下に何が見える?」


 ビージーがケルビンの隣りにやってきて、そこでしゃがんで隠し扉ゆかの隙間から下を覗き込んだ。


「梯子の先に床が見えるから、下には部屋があるのかな?」

「その通りだが、この程度の隙間の明かりじゃ部屋の明かりに慣れた人間だと真っ暗でこの穴の底は見えないんだよ」

「ということは?」

「そうだ。お前は俺と同じ影の御子だ。

 しかし、こんな偶然があるとは驚きだ」


「それって、いいことなんだよね?」

「すごくいいことだ。俺にとってもお前にとってもな」

「よかった」

 ケルビンがビージーを見て笑い、ビージーは安堵するように笑った。




 ビージーが『影の御子』と分かったケルビンはさっそくビージーの訓練を始めることにした。


「ビージー、お前が『影の御子』だということが分かって俺も驚いているが、ただそれだけでは不十分だ。

 丸薬は種類によるが、本人が持つの力を高めるものと思ってくれ」

「うーん。それってどういう意味?」

「つまり、の力が高ければ高いほど丸薬を飲んだ後の力が上がるってことだ。

 特に筋力、敏捷性、持続力だな」

「分かった。薬を飲む前のわたしが強くなってれば、薬を飲んだらその分の何倍も強く成れるってことだよね」


「その通り。

 ビージー、賢いじゃないか」

「えへへへ。

 それで、どういうふうにすればわたしは強くなるの?」

「体を鍛える」

「鍛えるって?」

「腕や足がもう動かなくなるまで動かしたり、さっきのスプーンを避けるような複雑な動きをしていると体は少しずつ強くなっていくんだ。それを訓練とか鍛えるって言うんだ」

「ふーん」


「何を進めていくにしても体力がなくては続けられない。ということで、まずは体力づくりだ。本当は走り回るのが一番だが、外は灰が降ってるし、目立つからこの部屋の中でできることをやっていこう」


「うん。それで?」

「さっきの木箱を部屋の真ん中に持ってきてくれ」

 ビージーが軽々と木箱を持ち上げて、ケルビンの指示通り部屋の真ん中に置いた。


「その箱を踏み台と思って昇り降りするんだ」

「たったそれだけでいいの?」

「今はそれだけでいい。

 お前はまだ薬の効果が続いているからあまり疲れないだろうが、そのうち薬も切れる。

 それからが本番だ。

 それじゃあ、始めてみろ」


 ビージーが箱の上に昇ったり降りたりを繰り返し始めた。


「数を数えながらのほうがいいかもしれんな。とりあえず千回昇り降りしてみろ。数は数えられるよな?」

「うん。百までならちゃんと数えられる」

「百の次は百一、百二だ、一九九の次が二百、二百から後も一緒だ。最後の九百九十九の次がせんだ」

「いままでそんな大きな数使うことなかったから考えた事なかったけど、簡単だったんだ。

 それじゃあ、いーちにーさーん、……、十、十一、……、九十九、百、百一、百二、……、百九十九、二百、……」


「……、九百九十九、せん


 昇り降りをしながら、間違えずに千まで数えたビージーは、見た目以上に頭が良さそうなのでケルビンの口元がほころんだ。

「どうだ? つらくないか」

「まだ平気」

「ほう」


 ケルビンはビージーがやる気を見せることに好感を持った。


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