第10話 訓練3
ビージーがナイフの訓練を始めて五日経った。
そのあいだにケルビンは仕立て屋に赴きビージーの装束一式を持ち帰っている。
ナイフの訓練は午前中体力関連の訓練をしたあとの午後からである。
これまでビージーのナイフの切っ先がケルビンの持つナイフの切っ先に命中することはなかったが、ビージーの切っ先はケルビンの切っ先にかなり近づいてきていた。
「ビージー、だいぶよくなってきた」
そう言ってケルビンはタンスの中から小瓶を一つ取り出し、中から一粒丸薬を取り出した。
「ビージー、この薬を覚えているか?」
「うん。青色の丸薬はブルア」
「一度しか言ってなかったはずだが、よく覚えていたな」
「えへへ」
ビージーは嬉しそうにはにかんだ。
「じゃあ、どういった薬だか覚えているか?」
「たしか、器用になるとかだったような」
「その通りだ。器用さ、正確さ、それに注意力が上がる。
飲んでみろ」
ケルビンから渡された青い丸薬をビージーが飲み込んだ。
「どうだ?」
「周りが少し明るくなって、小さなものまではっきり見える。遠くのいろんな音とか声が聞こえる」
「それでいい。
じゃあ、ナイフの訓練を続けるぞ」
「うん」
ケルビンの構えるナイフの切っ先を見たビージーが、
「最初にスプーンを投げたときみたいに、ナイフの先が実際は大きいわけじゃないけど、大きく感じる。
これなら当てられると思う」
「ソレがブルアの力だ。さあこい!」
ビージーが突き出したダガーナイフの切っ先が見事にケルビンの構えるダガーナイフの切っ先に命中しそこで止まった。
「当たった! 当たったよ、ケルビン」
「ちゃんと訓練していないとブルアを飲んでも当たらない。
ビージー、なかなかいいぞ。
今度はナイフをゆっくり動かすから、ソレに当ててみろ」
「うん」
ケルビンがゆっくりナイフを左右に動かし始めた。
「それっ!」
ビージーは掛け声と一緒にナイフを突き出し、これもうまくケルビンのナイフの切っ先を捉えた。
「ビージー、今のも良かったぞ。
どんどん行くぞ」
「うん」
……。
ケルビンはナイフの動きを少しずつ速くしていったが、ビージーはその動きに慣れていった。
……。
「よーし、そろそろ薬も切れる頃だろうから、きょうはここまで」
「ケルビン、ありがとう」
「晩飯の支度をするから、ビージーはいつものように水を汲んできてくれ」
「うん」
……。
二人で夕食を食べながら、ビージーがケルビンに聞いた。
「ねえ、ケルビン、丸薬って高いの?」
「それなりにな。
赤のルーガ、青のブルア、黄のフラバ、緑のベルダの四種類はどれも銀貨一枚だ。
前にも言ったが銀色のアージェントの丸薬が金貨1枚。
こいつを他の丸薬と一緒に飲めばだいたいだが元の丸薬の効果が五割増し、持続時間も五割増しになる。
金色のオーラの丸薬はどこにも売ってないし、俺もまだ見たことはないが、飲むとわずかばかりの未来が見えるらしい。
もちろん、審問官専用の黒の丸薬も売っていない」
「わたしが飲んだ丸薬って銀貨一枚もするんだ。
ケルビンは仕事してるように見えないけど、お金持ちだよね」
「まあな。
仕事はお前が寝てる間にしてることはしてるが、お前がある程度モノに成ったら手伝ってもらって大きな仕事をしてもいいかもな」
「ふーん。ケルビンは影の御子だから夜の間に仕事してるんだ。わたしも影の御子だからその時は夜の仕事、頑張るからね」
「期待しておくよ」
ケルビンはビージーの「夜の仕事、頑張る」で苦笑したが黙っておいた。
そのあと、耳年増のビージーのことだから、本当に自分がいわゆる夜の仕事をしていると思っているのではと考え、早めに誤解を解いたほうがいいと思い直した。
「あのな、俺の仕事は
「だんしょうって何なの?」
「知らないなら知らなくていい」
「ふーん」
ビージーが分かったような分からないような返事をした。
「いずれにせよ、お前の訓練が進んでいけば実地訓練で俺の仕事の手伝いをさせるから仕事の内容はすぐに分かる」
「うん。楽しみにしてる。
それで、
「いや。売ってはいるが、許可証が無いと手に入らない。
以前話した五公家のこと覚えているか?」
「うん。覚えてる。皇帝の命令で帝都の掃除をしてる」
「まあそうなんだが、その五公家の者しか許可証を持っていないんだ」
「ケルビンは五公家の人なの?」
「もちろん違う」
「だよね」
「この前買い物に行った仕立て屋のこと覚えてるだろ?」
「うん」
「あそこなら許可証がなくても
「ふーん」
今度のビージーの返事はさっきの「ふーん」とは少し違っていた。
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