第11話 闇の御子装束。訓練4、ナイフ2
「ああ、そうだ。
仕立て屋の話で思い出した。
すっかり忘れていたが、お前の装束一式はお前が寝ている間に俺が取ってきているから、今から着てみるか?」
「うん。着てみる」
ケルビンが使っている木箱とは違う木箱の中からビージーの装束一式を取り出した。
「影の御子の装束だ」
「おおー。なんだかすごくない?」
「見た目はちょっと派手だが、動きの邪魔にならず、軽い上に音も出ない。
それに、ある程度の防御力もある。
なんにせよ、明るいうちに人前で着るようなことはない」
「それじゃあ、着るね」
下着姿になったビージーが黒いニットのセーターを頭から被り、次に黒のスエードのパンツを履いて、幅広のベルトを締めた。
「このベルト、小物入れがたくさんついてる」
「今は空だが、そこに丸薬入れを入れるんだ。左右のナイフの鞘も空だけどな。もう少しナイフがうまくなったら本物のナイフを買ってやる」
そのあと、ビージーはショートブーツを履いて革紐を結んだ。
「ブーツの履き心地はどうだ?」
「ちょっと緩めだけど、気になるほどじゃない」
「ほら」
ケルビンはそう言って最後になる焦げ茶色の毛皮のマントをビージーに手渡した。
「これってなんの毛皮?」
「大ネズミだ。他もみんな大ネズミの皮から作っている」
「セーターも?」
「大ネズミの毛から毛糸を作って、それを編んだものだ」
「そうなんだ」
マントを手にしたビージーがその臭いを嗅いで「臭いが全然しない」と驚いた声を上げた。
「臭いはちゃんと落としているから安心しろ」
マントを羽織り、フードを目深に被ったビージーが「どう?」とケルビンに聞いた。
「なかなかいい。セーターの首のところは長くなっているからそれを鼻先まで伸ばしてみろ。それで出来上がりだ」
「……。これだと、目だけしか外からわからないね」
「セーター越しに息をすれば、異臭なんかが気にならなくなる」
「それと、影の御子に限らず夜の仕事をする者は素顔を人に晒さないほうがいいんだ」
「仕事中に知ってる人に会ったら気まずいものね」
「それもあるがな。
ベルトに小物入れがそれなりの数ついているが、マントの内側にも物入がそれなりの数ついている。
ちょっと見てみろ」
「ほんとだ」
「こっちもおいおい揃えていこう」
最後に手袋をはめて影の御子の装束を着終わったビージーが、マントをひらひらさせながらケルビンに聞いた。
「マントはナイフの邪魔にならない?」
「慣れていないと邪魔になるかもしれないが、そこは訓練で何とでもなる。
マントの中でナイフを手にしていれば、相手はこちらの間合いが掴めないので戦いはかなり有利になる。
俺たちの戦いは暗闇での不意打ちが基本だから本当の意味での戦いはあまり起きないが、相手が手練れの可能性がないわけじゃない。
訓練が無駄になるということはない。
そういうことなので、明日からはその格好でのナイフの訓練をするからな」
「わかった。きょうはもう脱いでもいい?」
「脱いだらお前の物入れに使っている木箱の中にしまっておけ」
「うん」
ナイフの訓練を始めてさらに五日が過ぎた。
午前中ビージーが体力づくりをしているあいだ、ケルビンは買い出しに出かけたり家事仕事をして、午後からビージーのナイフの訓練に付き合っている。
「動きも良くなった。今度は俺がナイフを突き出すから、それをかわしてみろ。
体だけでかわし切れないときは、ナイフを使って俺のナイフを逸らすんだ」
「難しそうだけどやってみる」
「ビージー。これからの訓練は影の御子の装束をきっちり着ておけ。装束を体になじませる」
「うん」
影の御子の装束をまとい構えを取ったビージーに対し、普段着のケルビンが右手のナイフを突き出す。
ケルビンの右手の動きはそれほど速くなかったため、最初の一突きをビージーは難なくかわせた。
再度ケルビンが右手のナイフを突き出してきた。
二撃目もなんとかかわしたビージーだが、かわしたはずのナイフがビージーのマントの間隙からのぞいた胸元で止まっていた。
「痛っ! くはない」
「相手が元の位置までナイフを引くとは限らないぞ。かわしたからといってそれで終わりじゃない」
「うん」
「どんどん行くぞ」
「うん」
今度もケルビンは右手のナイフを突いてきた。
そのナイフを器用にかわし、その後の動きにも注意を向け、横に動いたナイフもかわすことができた。
しかし、左から迫るナイフに気を盗られ過ぎ、ケルビンの左手の突きをかわし損ねてしまった。
「かわせないと思ったら、相手のナイフを逸らすことを考えろ! それと、ナイフはお互い一本じゃないんだからな」
「分かった」
「どんどん行くぞ」
ケルビンの片側のナイフの動きに集中してしまうと、どうしてももう片方のナイフの動きに対して注意がおろそかになる。
結局どちらかのナイフをかわし損ねたり、逸らし損ねてしまうことになる。
それでも少しずつビージーも動きに慣れてきて、ケルビンの繰り出すナイフに体がなんとかついていけるようになってきた。
「よくなってきたぞ。
もう少し動きを速めてみるか」
「うん」
ケルビンのナイフの動きに合わせてビージーが体をそらし、ナイフで受ける。
ケルビンの突きが胸元に迫ってきたところを、ビージーが大きく後ろに跳びのいた。
その瞬間、ケルビンがビージーの跳び退く速さよりも速くビージーに詰め寄った。
「ビージー。両足が床から離れないようにしろ。
両足が床から離れて体が宙に浮いてしまうと方向転換や加速できない。
速さの
ただし、近くに壁とかあってそれを空中で蹴ることができるなら跳び上がても方向転換もできれば加速もできる」
「わかった」
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