第12話 ナイフ3
今度はケルビンの素早い突きに対してビージーはすり足でなんとかついていったが少しずつ追い詰められていった。
そこでケルビンがビージーの首の付け根辺りを狙った突きを放った。
ビージーはとっさに屈もうとしたが、ケルビンのナイフの先がビージーの眉間の手前で止まった。
「ビージー、体が浮いてしまうからいくら頑張っても一定以上速く下向きには動けない。
何とか体を左右か後ろに動かして躱してみろ。熟練してきたら躱しながら前に出て反撃もあるが今は考えなくていい」
「分かった。やってみる」
「じゃあ次行くぞ」
「うん」
そこから午後いっぱいナイフの訓練を続けたところで、ケルビンがビージーに、
「そこそこ動きはいいが、まだまだだ。
とはいえ、今のお前でもそこらの暴漢程度なら簡単に仕留めることができるだろうし、丸薬を飲めば、審問官が一人なら互角に戦えるだろう。
ナイフの扱いにもだいぶ慣れたようだから、明日の午前中ビージーのナイフを買いに行こう」
「ほんと、うれしい」
「今日の訓練はこんなところだ。メシにしよう」
「うん!」
影の御子の装束から普段着に着替えたビージーは、ケルビンが夕食の支度をするのを後ろから眺めていた。
「ケルビン、何か手伝おうか?」
「水を汲んで樽に入れておいてくれ」
「分かった」
ビージーは桶を持って中庭に出ていき、井戸から水を汲んで戻ってきた。
それを五度ほど繰り返したら水樽はいっぱいになった。
それからしばらくして夕食の準備が終わり、二人は部屋に吊るしたランプの明かりの下で向かい合って食事をした。
部屋の外では灰を含んだ霧雨が降っている。
翌朝。朝食を終え後片付けを済ませた二人は街に出た。
通りではいつものように何人もの人夫が箒を使って昨夜の霧雨で湿った灰を集めて片付けていた。
「ケルビン、灰ってなんで毎日毎日降るのかな?」
「降ってくれないと、空が真っ暗になるからじゃないか」
「そうかもしれないけど。
じゃあ、灰ってどこからくるのかな?」
「ああ、それは火山と言って灰や煙を吹き上げている大きな山が海の向こうにあるらしい。
その山が
「そうなんだ。千年も灰が降ってるんなら地面が灰で埋まりそうだけど」
「だから埋まらないようにこうやって片付けてるのさ。
そういえば昔の木は今みたいな赤っぽい葉じゃなくて緑の葉をつけていたそうだ」
「へー。ケルビンはよくそんなこと知ってるね」
「人づてに聞いただけだけどな。
山に積もった灰は片付ける者もいないから、灰がどんどん溜まっていく。
雨がある程度降ってしまうと、溜まった灰は泥になって麓まで流れてくるんだ。
そうしたら川も埋まるし、畑もダメになる。毎年どこかでそういったことが起こっている。
村ごと泥に流されることもあるらしい」
「大変なんだね」
「灰をどうにかできればかなり住み易くなるんだろうが、相手が火山じゃどうしようもないし、しかも火山は海の向こうだ。
ビージー、そこだ」
ケルビンがビージーを連れて入ったのはいわゆる金物屋だった。
店先にいたのは指先の太い小太りの男だった。
「おっと、ケルビン久しぶりじゃねえか? お前が弟子を取ったって聞いていたがその子がお前の弟子か?」
「ビル、久しぶり。俺の弟子のビージーだ」
「ビージー? 変わった名まえだな。お前の弟子ならちょうどいいのかもな。
それで?」
「ビージーにナイフを持たせようと思ってな。良さそうなのを二本頼む。
俺と同じダガーナイフとスタブナイフだ」
「了解。
どれ、ビージー、両手を伸ばして手の平を見せてみろ」
ビージーがビルと名乗る小男に両手を伸ばして手の平を広げてみせた。
「腕の長さは問題ないが、手のひらがかなり小さいな。となると、……」
そういいながら、ビルは一旦奥に引っ込んで、二本のナイフを手にして戻ってきた。
「持ってみろ」
手渡されたナイフでビージーは軽く構えを取って振ったり突いたりしてみた。
「ほう、なかなかいい動きじゃねえか。さすがはケルビンの弟子だ。
で、ビージー、ナイフの具合はどうだ?」
「今まで訓練用の木のナイフしか使ったことなかったから少し重く感じるけど、手のひらにすごくなじんで使いやすい気がする」
「まあな。訓練用の木のナイフに比べれば、こっちの重心はよほどしっかりしてるからな」
「ビージー、それでいいんだな?」と、ケルビン。
「うん」
「ビル、じゃあこれをもらおう」
「鞘はどうする?」
「鞘はあるからいい。何かに包んでくれるか」
「あいよ」
「いくらだ?」
「これくらいかな」
「じゃあ、これで」
ケルビンが支払いを済ませ、ビージーがボロ布に包まれた二本のナイフを受け取った。
店を出たところでビージーがケルビンに聞いた。
「今のところで、他の武器も売っているの?」
「ああ。もちろん大っぴらじゃないけどな」
「そうなんだ」
「ナイフを持ち歩いているところを審問官にでも見つかると面倒だから、部屋に戻ってそのナイフの訓練をしよう」
「危なくないかな」
「もちろん少しは危ないが、慣れないわけにはいかない。
そのナイフを本当に使う時は丸薬を飲んでいるから間違いはないから安心しろ」
「そうだね」
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