第34話 ハンコック家2


 コーネリアス・ハンコックが審問官によって皇帝の居城、常闇の城に連行された翌日。


 ハンコック家の当主マティアス・ハンコックのもとに、コーネリアス・ハンコックによる審問官殺害について申し開きすることがあるなら申し述べるよう、審問官によって皇帝名の書状が届けられた。



 マティアスは昨日、息子のコーネリアスが護衛の二名ともども屋敷を留守にして今日になっても戻っていないことを家臣から聞いていたが、コーネリアスが審問官を殺害したという話など耳にしていなかった。


 コーネリアスの生死は定かではないが少なくとも皇帝によって捕らえられていることは確かだ。

 審問官殺害は重罪だ。息子一人の命で済む話ではない。

 届けられた書状にはコーネリアスによる審問官殺害容疑・・ではなくはっきりと審問官殺害という言葉が記されている以上すでに本人の死罪は確定しているということだ。


「コーネリアス。……」



『事ここに至れば腹をくくるしかない。とにかく、各荘園から人を集める。

 ふー』


 皇帝からの書状には常闇の城に登城期限は記されていなかった。コーネリアスはもはや死んだものと思い、マティアスはできるだけ時間をかけ、十分ではないかもしれないが可能な限り戦力をかき集め、皇帝と対峙する決断を下した。



 その日のうちに、各地に散らばるハンコック家の荘園に向け、帝都の屋敷に私兵団を急派するよう使者が送られた。

 二週間あれば七割がたの私兵が屋敷に終結できるもの踏んでいる。

 最低でも二週間、皇帝の動きがないことをマティアスは祈っていた。



 皇帝からの書状がハンコック家に届けられた日から三日経った。

 ハンコック家に対してコーネリアス・ハンコックを審問官殺害の罪により二日後公開処刑するとの書状が届けられた。


 公開処刑といっても、一般に公開されるわけではなく、各公家からの見届け人の前での処刑となる。

 そのため、皇帝からハンコック家を除く四公家に対して、見届け人を二名処刑場に差し遣わせるよう、罪人の名と罪名を付して書状が送られている。

 ハンコック家に対しても先の書状にその旨記されていたが、ハンコック家からは見届け人を出すことはなかった。



 処刑日当日。


 コーネリアスの二名の護衛が帝城内の処刑場に審問官によって引き出された。彼らのすぐ後ろにはコーネリアスが控えており、間近に彼らが処刑されるさまを見ることになる。


 処刑方法は、毒薬での薬殺である。

 最初に審問官によって猿轡が外される。

 無理やり開かれた口の中に小型のグラスに入ったナメクジの粘液が注ぎ込まれ、直ぐに無理やり口を閉じられる。

 吐き出そうにも口の中から顔全体に伝わる痛みのため舌も何も動かせなくなるため吐き出すことはできない。


 先に二名の護衛が苦痛の中で死んでいった。

 もちろん、二人の顔は無残に溶け落ちている。


 左右から両肘を掴まれ審問官に無理やり立たされたコーネリアスは、猿轡をされ、後ろ手をロープで縛り上げられたまま、二人の死んでいく姿を近くで見せつけられ、恐怖にひきつった顔をしてついにはその場で失禁した。


 そのコーネリアスの後ろから一人の審問官が近づいていった。その審問官の片手にはナメクジの粘液の入ったグラスが握られている。


 審問官がコーネリアスの後ろから猿靴を外し、そのあとコーネリアスの額に手を当て後ろに顔を反らさせた。コーネリアスの右肘を掴んでいた審問官が、コーネリアスの下あごを下げて口を開けさせたところで、後ろからグラスに入ったナメクジの粘液が口の中に注ぎこまれた。


 すぐに反らせていた頭を元に戻し、下あごも上げて口が閉じた。なんとかコーネリアスは口に入った液体を吐きだそうとしたが、できなかった。すぐに顔が溶け始め、しばらくして体の力が抜けた。


 三つの死体は審問官によって運び去られ、処刑場はその後清掃された。


 すべてを見届けた見届け人たちは、処刑場から各々の館に帰っていった。


 彼らがもし死んでいなければ、審問官として生まれ変わったのだが、処刑用のナメクジの粘液は審問官を造る時使われるそれの五倍あり、三人ともその場で息絶えている。


 

◇◇◇◇◇◇◇◇


 コーネリアス・ハンコックの処刑の前日。


 皇帝ザリオンは筆頭女官ヘレナからハンコック家の動静について報告を受けていた。


「ハンコック家から各地の荘園に使者が向かった模様です」

「ほう。私兵でも集めるつもりなら、それも面白いのではないか」


「ハンコック家の荘園を守る私兵の数は二千から二千五百。ですので、多く見積もって二千ほどここ帝都ハイスローンに終結すると思われます」

「屋敷内には、二百から三百。二千の兵なら何かできると思ったのであろうな。

 しっかり人集めをさせて、それからだな」


「ハンコック家の後はどこかに緑茸の任さねばならぬが、どこか候補があるか?」

「五公家に属していない貴族で、茸を栽培しベルダを安定的に生産するほどの実力を持った者はそれほどおりません。

 以前より、ローゼット家でも茸を栽培したいと申し出がありましたので、一時的にでもローゼット家に任せてみてはいかがでしょうか?」


「それでは、ローゼットが力を蓄え過ぎないか?」

「スラグシルバーの価格を他家への卸価格の倍にしてもローゼット家ではこちらの提案を受けるでしょう」

「なるほど。ではそのように取り計らえ。

 浮いた金で炭鉱開発進めよ」

「御意」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る