第4話 買い物
ケルビンは着替え終わったビージーにタオルを渡し、
「タオルを口と鼻の周りに巻いて灰を吸い込まないようにしておけ」
と言い、自分も口と鼻を隠すようにタオルを巻いた。
部屋を出たケルビンは扉に鍵をかけ、ビージーを連れて通りに出ていった。
通りでは何人もの人夫が
人夫たちも二人と同じように口と鼻の周りを布で覆っているが、ときおり咳き込み作業の手を止めている。
灰集め用の荷馬車やってくると、荷馬車に積まれた空樽が路面に置かれ、空いた荷台に水を含んで泥のようになった灰で一杯になった樽が人夫たちの手で積み込まれる。
濡れた灰の清掃作業は夕方、霧雨が降り始めるまで続く。
バシャン!
ときおり通りに面したアパートの屋根から濡れた灰の塊が滑り落ちてきてその辺に飛び散る。
灰掃除の人夫たちと同じように首に布を巻いて顔の下半分を隠した通行人たちは人夫たちの邪魔にならぬよう人夫を避け、なるべく通りの真ん中を行き来する。
もちろん馬車も同じように通りの真ん中を通るので、通行人は通りを注意深く歩く必要がある。
馬車馬には馬専用の鼻覆いが付けられていが、灰を完全に防げるものでもないので、馬はときおり強く鼻を鳴らす。
通りからでは分からないが、帝都の地下を走る下水道でも日中下水の
下水掃除の人夫はカンテラを持って通りの所々にあるマンホールから壁に沿って作りつけられた梯子を伝って下水道に入っていき作業する。
「ケルビン、通りの掃除をしてる人はお金をもらって掃除してるの?」
「もちろんだ。灰掃除は帝都では立派な仕事だ」
「だれがお金を払って仕事させているの? 皇帝?」
「いや、この国には
「ふーん。皇帝ってきれい好きなんだ」
「そうかもな。
ところでビージー。店の並ぶ区画までは三〇分ほど歩いていくことになるがだいじょうぶだよな」
「朝もちゃんと食べられたし、だいじょうぶと思う」
それから二人は何回か通りを曲がって店の並ぶ一画にたどりついた。
「まずは毛布とタオルだな。
こっちだ」
「そういえば、ケルビンは昨日どこで寝てたの?」
「お前と一緒のベッドだよ」
「気づかなかった」
「お前はぐっすり寝てたからな」
「わたしが欲しくなったら、いつでもいいからね」
「ああ、わかった、わかった」
どうも本人は本気で言っているようだが、ほんとに分かって言っているのかは不明だ。
ケルビンは適当にビージーの相手をしながら目当ての店の扉に手をかけた。
「ここはヘイズってやつがやってる雑貨屋だ。
「
「盗んだ品の売買だ」
「ふーん」
二人がバタンと音を立てて店の扉を開けて中に入ると、店の中に商品が並んでいるわけではなく正面にカウンターがあるだけだった。
明かりが灯されているわけでもない店の中は薄暗い。
二人がカウンターの前に立っていると、じきに髪の毛の薄くなった小男が店の奥からカウンターの向かいに現れて二人を迎えた。
「これは、ケルビンの旦那。
お連れさんは旦那の隠し子かい?」
「ああ、そう思ってくれ。毛布を二枚とタオルを四、五枚用意してくれ」
不機嫌そうにケルビンは小男に買いたいものを伝えた。
「いつもながら旦那は愛想がないねー。
今用意するから」
小男はそう言って店の奥に引っ込み、しばらくして毛布とタオルを持ってやってきた。
「いくらだ?」
「タオルは新品だけど毛布は二、三日前に
小男の示す金額を支払い品物を受け取ったケルビンはビージーを連れて店を出て後ろ手で店の扉を閉めた。
『毎度アリー』
「ビージー、荷物は持てるか?」
「だいじょうぶ。それくらいなら持てる」
「じゃあ、頼む」
荷物を持ったビージーを連れてケルビンは次の店に向かった。
次の店は通りを外れた裏通りのさらにその先の人通りのない小路にあった。
小路にはみすぼらしい服を着た男たちがところどころでしゃがんでいたりたたずんでいたりしていた。
「人夫仕事にあぶれた男たちだ」
「仕事しないと生きていけないんじゃない?」
「そうだな。無一文なら3日も仕事にありつけないとくたばってしまう。
いなかからこの帝都にやってくる連中はほとんどが無一文だ。だからやってきた連中の多くは野垂れ死んで野犬のエサになっている」
「いなかでも道端に死体が転がってることは珍しくないけど、野犬はいないよ」
「行き倒れて野犬に食い荒らされるのと、道端で腐ってしまうのと、どっちがいいかは分からんがな」
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