第3話 放課後
放課後。将棋部の部室。
「このままじゃダメだと思うんすよ」
えーと。これをこうして。それから……。
「……このままじゃダメだと思うんすよ、先輩」
あ。違うか。それなら、別のルートが……。
「…………せいや!」
「ちょ!? 何すんのさ、ハルちゃん!」
「詰将棋の本ばかり読んでないで、私の相手してくださいっす」
春野が僕の手から取り上げたのは、詰将棋の本。詰将棋とは、相手の王様を詰ませる手順を考える、いわばパズルのようなものだ。せっかく、解けそうなところまで来ていたのに、春野のせいで思考がぐちゃぐちゃになってしまった。
「相手って……。将棋、もう一局指そうってこと?」
チラリと机の上の将棋盤に目を向ける。そこに広がるのは、つい十数分前に決着がついた将棋の盤面。ちなみに、勝ったのは春野である。
「違うっす。このままじゃダメだと思ったから、話を聞いてほしいんすよ」
「は、はあ……」
「むう。なんすか、その薄い反応は。私は、先輩に無視されると寂しくなって死んじゃう生き物なんすよ。だから、もっと私に構ってほしいっす」
「いやいや。寂しくなって死ぬって……」
どうやら、春野は自分のことをウサギか何かと思っているようだ。
その時、とある光景が脳裏をよぎる。僕たちが中学生だった頃のある日の昼休み。暇だからという理由で僕の教室にやって来た春野。たわいもない話の最中、春野があまりにも煽り性能を爆発させてきたものだから、出来心で無視していたら……。
…………部屋の隅で体育座りされるのはもう嫌だ。
「先輩? なんで急に遠い目してるんすか?」
「ああ……うん……周りの視線が痛かったなって思ってね」
「……? 変なこと言う先輩っすね。って、そうじゃないっす! このままじゃダメなんすよ!」
バンッと勢いよく机を叩く春野。痛くないのだろうか?
「そう言えばそうだったね。で、何がダメなの?」
僕がそう尋ねると、春野はうんうんと頷いた。まるで、「よくぞ聞いてくれたっす」とでも言っているかのよう。
「明後日は日曜日っすよね。でも、私、何も予定がないんす。華の女子高生が、外出もせずに家でゴロゴロ。これではダメっす」
「そうかな? 女子高生だって、ゴロゴロする日があってもいいと思うんだけど」
「いや。ダメっす」
なぜだろう。今の春野は、いつにもまして頑固だ。心なしか、表情が少し硬くなっている。まるで、何かに緊張しているような……。
「と、というわけで、先輩。明後日の日曜日、一緒に出かけないっすか?」
「…………へ?」
一緒に……出かける……?
それってつまり……。
デ……。
…………
…………
「そうだね。出かけよっか」
そう言って、僕は頷く。頭の中に浮かんだ言葉。それを、奥の方にしまい込みながら。もしそれを意識してしまったら、きっとにやけてしまうから。
「い、いいんすか?」
「いいよ。僕もちょうど……暇だったし」
僕の返事に、パッと表情が華やぐ春野。その背後からは、ピカピカと光が漏れている。まあ、窓から差し込む夕日のせいなんだけど。
「じゃ、じゃあ、そういうことで。約束っすよ」
「うん。約束」
「本当の本当に約束っすよ」
「分かってるよ」
そんなに確認しなくてもいいんだけどなあ。
その日。春野は、特上のニコニコ笑顔で部室を後にした。
***
春野がいなくなった部室。僕は一人、椅子に座ったまま天井を見上げる。
「ハルちゃんはどう思ってるんだろ……」
そんな僕の呟きは、部室内の空気に溶けてなくなった。返答してくれる人は、誰もいない。
春野は、このお出かけをデートだと思ってくれているのだろうか。それとも……。
「ハルちゃんのことだから、ただの暇つぶし……なのかな?」
あ、まずい。言ってて悲しくなってきた。
嫌な考えを追い出すように、ブンブンと頭を振る僕。ふと、壁にかけてある時計が目に入った。もうすぐ完全下校の時間だ。
「さて。帰ったら、母さんに伝えないと。日曜日にある親戚の集まりはパスって」
そう言って、僕は椅子から立ち上がった。
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