弥生散文・詩集

弥生るっか

1 私は百度の嘘をつく

 

ねえ、私

ねえ、あなたと

二人きりで会いたくて

校門であなたを待つあの子に

「彼はもう駅前に行ったよ」と嘘をついた


あの子は「ありがとう」と笑ってあなたを探しに走り出し

それを見送った私は「あの子はもう帰ったみたい」と

あなたに「本当のこと」を言って、二人で学校をあとにした


帰り道のファーストフードで

私はあなたと楽しくおしゃべり


私に手を振り駅前に向かったあの子は

その後、二度と戻ってこなかった



交差点、居眠り運転、打ちどころが悪かったと

訃報と泣き声が頭上を行き交い

誰がどこで何を聞いたか、その後、私に貼られたレッテルは


「人殺しの嘘つき女」


真っ黒な群衆の視線、あなたの白いまなざし

どうして、ねえ、どうしてなの

あの子を轢いたのは自動車

アスファルトに頭を打ち付けたのは、あの子

私は何もしていないのに


たった一度の嘘で悪役にされてしまうのなら

もう何度だって一緒だよね

もう私は何度でも、あなたに嘘をつく


あの子はあなたに隠れて酷い事を言ってたの

あなたが嫌い耐えられないだから今日こそそ

う言ってやるってだから私はあなたのために

あの子とあなたを会わせないようにしたいつ

もあの子は私をたたいたたくさん意地悪され

ただけど私は言えなくてせめて私があなたを

守りたくてあの子の悪魔の手からあなたを私

が救うんだって私は決めたのあの子が私にあ

の子があなたをあの子に私があの子が私私私

……私はあなたが好き


けれどあなたは私を突き放し「彼女が好きなんだ」と泣き叫ぶ


もう死んだ子なのに


九十九度の嘘にたったひとつの真実を告げても

あなたが振り向いてくれないのなら

どうすれば、ねえ、どうしたら

私はあなたと結ばれるの


たった一度の嘘で地獄に落とされるのなら

あの子が私についた沢山の嘘はどうして誰も咎めないの

約束も破った、私を騙してあなたに近づいた

私が嘘つき女なら、あの子だって嘘つき女

みんなみんな、嘘つき人間

嘘をついたことのない人なんていないくせに


私は気づいた、私は知ってる

たった一度の嘘が二度と許されないのは


あの子が死んだせい


それならもしかして、私が死んだなら

みんな気づいてくれるかな

あなたもわかってくれるよね

私は悪役なんかじゃないって

あなたは愛してくれるよね

あの子の嘘で、死んだ私を



ノート百冊、あの子の罪を書き込んで

百枚の手紙にあなたへの愛を綴り

辞世の句を並べ立て、涙で濡らしてみせたなら

ああ、みんなわかってくれる

ああ、あなたも泣いてくれる

ああ、かわいそうに、きみは悪者なんかじゃなかった!


たった一度の嘘で、すべてを失くした私は

翼のように手を広げ、屋上の角を蹴る

宙を舞う紙の束が、抜け落ちた羽根のように

私の言の葉で、狂った世界を彩り

ああきっと、とても綺麗


たった一度の嘘で、地上へと落ちて行く私は

窓に映る笑顔の私に、100度目の嘘をつく



これで 私は 救われる

 

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