第20話 不透明な目的
越前と瓏凪には近付くな。
頭を離れない、的馬の忠告。
昨日の由佳達の乱暴も何か関係があるのだろうか。
朝でも旧校舎の音楽室は薄暗い。
鈍い頭で考えつつ転がっていた鞄を無事回収したハルは、もう一度屋上まで足を運んでみた。
錆びた鉄の扉を開くと、朝の光を絡めた風が緩やかに
今日の空はからりとした快晴だ。
端から端までのんびりと景色を見て回る。
新校舎から少し距離のあるこの屋上は人目に触れにくく、ハルが飛び降りた裏手側も自然が大きく広がり一般道が遠目に見えるだけだ。
昨日の事件は頂けないが、この小さな屋上は中々の穴場かもしれない。
コンクリートに囲まれた狭い非常階段よりは何倍も気持ちよく昼休みを過ごせるだろう。
ハルは屋内に戻り階段を降りると、「立ち入り禁止」と書かれた看板を上りと下りの真ん中まで運んだ。
これで階段自体が閉鎖されたように見える。
一仕事終えると、八時半まで出来るだけ時間を潰すべく旧校舎を探検しながら教室へと向かった。
「何処に行ってたのよ笠井。随分遅かったじゃない」
残念なことに、遠回りの甲斐なく教室までの一本道で険のある声に呼び止められる。
首をすくめたハルの周りを昨日の女子三人が取り囲んだ。
今日も化粧で彩られた由佳のきつい眼差しには、朝の爽やかな日差しすら見えていないかのようだった。
「笠井。昨日のこと誰にも言ってないでしょうね?今日こそは逃さないから」
「や、あの…」
ハルは蒼白になりながら後ずさった。
まさか友だち登録がこんなに恐いものだとは。
だが自分だけならまだしも、瓏凪に迷惑をかける可能性があるなら尚更はっきり断らねばならない。
「あの!!俺、前も言ったけど番号交換とかはしたくないんだ!!別に小倉さんだから嫌とかじゃなくて…!!」
「うるさいわね、あんたの意見なんか聞いてないのよ!!大体あんたみたいな寂しいボッチにわざわざ声かけてやってんだから、ありがたくスマホを貸しなさいよ!!」
苛立ちながらも高圧的な由佳に再び気圧される。
話の通じない相手に心底困っていると、ハルの背後から落ち着いた声が割って入った。
「何してる」
由佳達は飛び上がり、逆にハルは救われたように笑顔になった。
「越前!!」
ハルの隣に凛と立つのは越前だった。
その眼差しは静かながらも冷たく厳しい。
「行くぞ、ハル」
「あ、うん」
越前はハルの腕を掴むと早足に教室へと入って行った。
由佳の取り巻き二人が怯えた目でその後ろ姿を見送る。
「由佳…、越前はやばいよ」
「わ、分かってるわよ」
特進科の中でも優秀な越前は先生からの信頼も殊更に厚く、寮生なので縦の繋がりも強い。
そして何より彼自身に不穏な噂が密やかに立っている。
焦りが先立ったとはいえ、ハルに絡んでいるのを見られたのは痛手だった。
「仕方がないわね。しばらくは様子見しながらチャンスを待つしかないわ」
執念を見せる由佳に、他の二人は流石に首を傾げた。
「ねぇ、もういいんじゃない?そりゃ瓏凪君と前みたいに仲良くなれたら皆喜ぶだろうけど…」
「うるさいわね!!そんなことじゃないのよ!!」
由佳は尖った糸切り歯でピンクの爪を噛んだ。
「私がやらなきゃいけないの…」
傷ついた爪はつぶやいた言葉と同じように鈍く痛んだ。
*
ハルを救出した越前は、窓際の席まで来ると恐い顔をしたまま振り返った。
「ハル、今後しばらくは一人になるな。教室でも俺か瓏凪のそばにいろ」
「う、うん…」
不安な返事にチャイムが重なる。
越前はため息をこぼすと少しだけ目元を緩めた。
「今日は部屋に来るか?」
「勉強会?うん、そのつもりだけど」
「分かった。あと三日、きっちり見てやるから勉強に集中しろよ」
「うっ…。お願いシマス」
そうだ。
中間テストも問題だった。
「なんか、色々とハード」
席に着き、だらしなく足を伸ばしながら鞄から教科書を引っ張り出す。
適当に机に詰め込んでいると、ひらりと何かが滑り落ちた。
「ん?何だこれ」
ツルツルとした表面が陽の光を受けて白く反射している。
どうやら写真のようだが、そんなもの机にも鞄にも入れた覚えはない。
座ったまま体を伸ばし、指先で写真を引き寄せる。
まず目に飛び込んできたのは裏面に綴られた文字だった。
「“警告”…?」
写真をひっくり返したハルは、思わず悲鳴を飲み込んだ。
写真をぐしゃりと両手でつぶし、辺りを見回す。
生徒達は皆席についており特に不審な者はいない。
ドク
ドク…
耳元で大きく鳴る鼓動がハルの焦りを増長させる。
背中を丸め、握りしめた写真をもう一度恐々開くと、しわくちゃの中には間違いなく旧校舎から飛び降りたハルの姿が写っていた。
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