第19話 撮られた映像

「なっ、何だよ!?」

「暴れないでよ!!黙って座ってな!!」


二人はハルのブレザーに手をかけると剥ぎ取りにかかった。

由佳は冷たく笑いながらスマホのカメラを向けている。

ハルは何が起きているのか全く分からなかったが、鞄を手放し必死でブレザーの前を抱え込んだ。


「手をどけなさいよ、笠井!!」

「無理に決まってるだろ!?」


真っ赤な顔を上げ瞳に力を込める。

ハルの瞳孔が収縮し、音楽家達が吊るされた壁から一斉に音を立てて床に落ちた。


「な、何!?」


舞い上がった埃と音に驚いた女子三人が振り返る。

ハルはその隙に椅子を蹴立てて逃げ出した。


「あ!!笠井!!」

「追って!!まだ撮れてないわ!!」


廊下に飛び出したハルは軋む床を全力で走り抜けた。

こんな乱暴な仕打ちを受けるのは初めてだ。

背後から迫る声と足音は恐怖でしかなかった。


「冗談じゃないって!!」


一番近い階段に差し掛かったが、運の悪いことに下り側は立ち入り禁止の看板が置かれている。

ハルは咄嗟に上りに足を向けた。


「馬鹿ね!!屋上に行っても逃げ場なんかないわよ!!」


三人がハルを追い階段を駆け上がる。

閉じかけた鉄の扉を勢い任せに開くと、吹き抜けた風に煽られたスカートが太腿ではためいた。


「きゃ…!」

「か、笠井は!?」


そう広い屋上ではない。

死角と言えばボロい給水塔の影くらいだが、回り込んでも誰もいなかった。


「由佳、笠井がいないわ」

「そんはずないでしょ!?ちゃんと探して!!絶対どこかにいるはずだから!!沙里は出口を見張ってて!!」


追い詰めたはずなのに、やはりその姿はない。

まるで蜃気楼のように消えたハルに、三人は青くなった。


「まさか…と、飛び降りたんじゃないよね」

「フェンスをよじ登ってたら見えたはずでしょ。馬鹿なこと言わないでよ」

「じゃあどこに消えたの?」


由佳はもう一度だけ人影のない屋上をぐるりと見て回ると、悔しそうに拳を握りしめた。


「明日の朝一番に捕まえるわよ。余計なこと言わないよう口止めしないと」


荒々しく鉄の扉が閉まる音を最後に、屋上は静けさを取り戻した。

錆びたフェンスを越えた向こう側。

少しだけ下り、三階の窓の僅かな屋根の上にハルはいた。

両手で口を蓋し壁に貼り付くように背中を預けている。

こんな所に隠れられたのは、勿論ハルだからだ。


「はぁ…。てげ、恐かった」

 

由佳達がいなくなると、どっと肩から力が抜ける。

人の悪意に晒されたショックで足はまだ細かく震えた。


目の前には三階まで届く木が数本。

葉は生い茂り、視界はあまり効かない。

校舎の裏手だったのが幸いし特に人影もない。

ハルは胸を撫で下ろすとひょいと屋根から飛び降りた。

体は重力に従い地面へと加速していく。


あわや激突という一歩手前で、ハルの体が不自然にふわりと浮いた。

右足で地面に降りると逃げるようにその場を離れる。

だがすぐに「あ」と旧校舎を振り返った。


「鞄…」


行きは確かに手にしていたはずの鞄がない。

きっと音楽室の床に転がったままだ。

しかし今戻って由佳達と再び遭遇するのは避けたい。

ハルはしばらく唸っていたが、明日早起きして取りに行くしかないと泣く泣く帰宅することになった。


ハルの姿が新校舎の中へ消えると、木陰でスマートフォンを握りしめていた男子生徒が一人、そっとその場を後にした。

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