第18話 続・ハルの災難

二限目が始まる手前の休み時間。

ハルは無事に教室に戻って来たが、災難は終わってなどいない。

財布の消えた鞄を開くとため息がどっぷりとこぼれた。


「はぁ…。行きたくないけど、行かなきゃいけないんだろうなぁ」


恨みがましく由佳を見たが、目が合う前にふいとそっぽを向かれる。

悪びれもしないその態度はハルには全く理解できなかった。

頭を抱える思いで教科書を移し替えていると、瓏凪が職員室から戻ってきた。


「瓏凪…!」


ハルは席を立ち瓏凪に駆け寄った。


「先生、怒っとった?」

「大丈夫。俺に任せろって言っただろ?適当に誤魔化しといた」


軽やかなウインクでハルの心配を払拭する。

どうやら一限目を無断で欠席したお咎めは食らわずに済みそうだ。


「越前は?」

「保健室に放り込んできた。やっぱちょっと顔色悪かったからな」

「大丈夫かな…」

「ああ、アレは休んでれば治るから」

「アレって…もしかして越前持病とかあるの?」

「違う違う。大した事ないから気にすんな。放課後の勉強会もやるってさ」

「う…」


忘れていた。

ハルは上目遣いに瓏凪を見上げた。


「あの、それなんだけど、越前も具合悪そうだし今日はやめとこうかなって…」

「何だよ。一日でを上げたのか?」

「いや、そうじゃなくて!その、用事が入っちゃって」

「そっか。なら越前にもそう言っとくわ」


瓏凪があっさり了承してくれたので、ハルは隠れてホッとした。







午前中で授業は終わり、ハルは腹を決めて教室を出た。

嫌なことは早々に終わらせるに限る。

トイレにだけ立ち寄り、何を言われることやらと鬱屈した思いで手を洗っていると、隣に立った男子生徒が小声で話しかけてきた。


「笠井、お前さ。桃田と仲がいいのか?」

「え」


こちらを見もせずに言うのは、クラス委員の的馬まとばだ。

クラスの話し合いがあれば必ず前に出る人なので、流石にハルも顔くらいは分かる。

的馬は手を洗いながら水垢で濁った鏡越しにハルを見てきた。


「さっき二人で話してただろ?」

「え?ああ、うん」

「周りの視線、気づかなかったか?」


意味が分からず目を瞬いていると、的馬はハルにしか聞こえないよう更に声を低くした。


「笠井、悪いことは言わない。桃田と越前には近付くな。…それから、北川には気をつけろ」


不穏な言葉を残し、さっさとトイレから出て行く。

残されたハルは手から滴り落ちる水もそのままにポカンと立ち尽くした。


「な、なんなんだ?今の」


忠告…らしいというのは分かった。

だが越前と瓏凪に近付くなという意図が全く分からない。

そして北川というのが誰かもピンとこない。


「周りの視線?」


鞄を抱え、旧校舎を目指しつつ考え込む。

越前と瓏凪。

そういえば、あの二人の周りにはいつも人がいない。

特に瓏凪はクラスの中心にいてもおかしくないタイプなのに、誰かが声をかけるのすら見た事がない。

今まではハル自身が一人行動派な上に、休み時間になればさっさと教室を出て行くから気にもしていなかったが。


考えがまとまらないうちに旧校舎三階の音楽室前まで辿り着く。

中からは女子の話し声が聞こえてきた。

どうやら由佳一人ではないようだ。

ハルは顔をしかめながらも、思い切って扉を開いた。


「きゃ、びっくりした!」

「何よ笠井。扉は静かに開けなさいよね!」


由佳を中心に、取り巻きの二人も文句を浴びせてくる。

古いピアノの前にたむろしていたのは、以前ハルを取り囲んできた三人だ。

由佳はハルの財布をピアノの上から取り上げると、ポンポンと手の中で弄んだ。


「まぁ、ここに座りなよ笠井。ちゃんとスマホは持ってきてる?」

「番号もIDも、交換する気はないけど」

「私だって別にあんたの番号が欲しいわけじゃないわよ」

「え…」

「いいからここに座れって言ってんの」


由佳の目線を受けた取り巻き二人が、ハルの両脇に立ち腕を掴む。

そのまま有無を言わせずピアノの椅子にハルを座らせた。

由佳は財布をハルの膝に落とした。


「私が繋がりたいのは瓏凪君なの」

「瓏凪…?」

「そう。あんたに取り持ってもらいたいところだけど、そんな器用なこと出来なさそうだしね。仕方がないからあんた経由で自分で何とかするわ」


ハルは傍目にも呆れ顔になった。


「それって瓏凪が好きってこと?こんなやり方は逆効果でしかないと思うけど」

「私じゃないわ」

「え?」


由佳は低い声で言うと、人差し指でハルの顎をくいと上げさせた。


「でもそれはあんたには関係ないこと。笠井は黙って私の言う事聞いてればいいの」

「そんなの…!!」

「いや?ふふっ。すぐに嫌だなんて言えなくしてあげるわ」


由佳はブレザーの内ポケットから、ゴテゴテと飾り石のついたピンクのスマホを取り出しハルに向けた。


「沙里、明菜、やって」


簡単な命令が下される。

ハルが立ちあがろうとすると、両サイドに陣取っていた取り巻き二人に押さえつけられた。

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