第16話 不思議な越前

時刻はホームルームが始まる八時半手前。

駐輪場を回ってきた瓏凪は、もう一度教室にハルの姿がないか覗き込んだ。


「おかしいな。自転車はあったのに」


反対側から戻ってきた越前も浮かない顔だ。


「いたか?」

「いや、こっちにもいない」

「まさか、ハル…」


瓏凪の瞳に不安が混じる。

越前はそれを打ち消すように友の肩に手を置き、窓の外を見下ろした。


「大丈夫だ。学校にいるなら何処にいても俺が見つけられる」


廊下にチャイムが鳴り響く。

生徒たちは足早に教室に向かうが、二人は頷き合うとその流れに逆走した。


越前が向かったのは、ハルが一人で弁当を食べていた非常階段だった。

開かれたガラスの扉は風を吸い込み、急くように越前たちを外へ引っ張り込んだ。


「瓏、誰も来ないかだけ見ててくれ」

「分かった」


瓏凪が扉を閉めている間に、越前は非常階段の踊り場まで降りた。

コンクリートの壁に背を預け、目を閉じる。

邪魔をしないよう、瓏凪は扉のそばで息を潜めて見守った。


一際大きな葉ずれの音がざわりと耳に届く。

木々の間をすり抜けた風は空へと吹き抜け、後には儚い鳥の声だけが残った。

直後に訪れた、一瞬の静寂。

越前には透けるような静けさがよく似合う。

柔らかな陽の光を纏う姿は絵画の住人のようで、瓏凪は半ば見とれていた。

かかった時間はおよそ一分。

越前の顔色は徐々に悪くなり、耐えきれずに口元を手で覆った。


「…見つけた」


指の隙間から消えそうなほどか細い声がもれる。

瓏凪は慎重に越前に近付いた。


「ハルは、何処にいる?」

「旧校舎の、第一美術室の倉庫だ」

「閉じ込められてるのか?」

「恐らくな」


瓏凪は顔色を変えるとすぐに非常階段を降りた。

旧校舎ならいつもの食堂の先からも繋がっている。

非常口から再び屋内に入ったが、そこで瓏凪の動きが鈍った。

左膝を庇うように壁に手をつく。


「…くそっ」

ろう、無理して走るな」

「悪い、大丈夫だ。それより早く行ってやらないと。ハル、泣いてなかったか?」


越前は何とも言い難い顔で廊下の先を見据えた。


「泣いてはいない。むしろ、歌ってる」

「歌ってる?」

「どうやらそこまで酷い目にはあってないようだな」

「そっか。良かった」


少し膝の痛みが引くとまた歩き出す。

越前の顔色もまだ優れないが、二人は出来るだけ急いで旧校舎へと向かった。

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