第14話 甘辛いしごき

勉強会が始まってから一時間後。

越前の部屋に帰ってきた瓏凪が目にしたのは、あまりにも予想外の光景だった。


「お前ら、何やってんの?」

「あれ、ろーなぁ?どこ行っちょったん?」


夢見心地なハルがうっとりと顔を上げる。

対して越前はげんなりしながら手にしていた問題集を机に落とした。

瓏凪はハルの前に膝を突き、目の前で手を振った。


「は、ハル?お前なんて顔してるんだよ。やばい薬でもやってるんじゃないか?」

「薬ぃ?んーん、俺はただ越前の声がぁ…」

「やめろっ」


越前がすかさずハルの口を閉ざす。

瓏凪が目で説明を求めると、越前はしかめ面で言った。


「俺はただ英文を読んで説明しただけだ」

「英文を?」


ハルは越前の手から逃れると、瓏凪にもたれかかった。


「はぁ、しあわせ。越前の英語めちゃくちゃ気持ちいい。俺一生聴いてられるかもぉ」

「し、しっかりしろハル!お前はそれでいいのか!?」

「もぅさいこーぉ」


どれだけ瓏凪に揺すられてもハルはへらへらと笑い続けている。

忍の一字で問題集を片付けていた越前は、代わりに小さくとも厚みのある数学の教科書をハルの前に突きつけた。


「次はこっちだ。まずはこの公式と関係式を全部正しく覚えてもらうからな」

「う…!!」


開かれたページから溢れ出す暴力が、一撃でハルを天国から地獄へと引き摺り落としてくる。

さっきと同じabcでも、この悪魔は隠された数字と結託し、難解な暗号として襲いかかってくるのだ。

しかもいくら越前の声で説明されても、こちらはどうやららしい。


「待って。これ…全部?」

「全部。十五分あれば充分だろ」

「むっ、無理無理無理無理!!」


青くなって尻ごと後ずさったが、そんなハルに越前はややS度の高い目の細め方をした。


「さっきあれだけ俺にやらせたんだ。出来ないとは言わせないぞ」

「うぇ!?」


気のせいではない。

これは不本意なことを散々強いられた越前の意趣返しだ。

手厳しくしごき始めた越前に、ハルはひぃひぃ言いながら頑張る羽目になった。


瓏凪はハルの対面に腰を下ろしながらそんな二人を感慨深げに眺めていた。

外せない用があったとはいえ、まだ打ち解けていない越前とハルをしばらく二人きりにしたのだ。

心配して早めに戻ったものの、思いの外仲良く(?)やっているようで自然と笑みが浮かぶ。


「なんか…いいな」


楽しげなひとり言がこぼれた。

頑なに閉じていた世界が、柔らかく開く音が聞こえる。

ハルはきっと必然的に現れた、自分達に必要な“要素”だ。

願わくば余計な雑音を交えずこのまま平和でいたいところだが…。


瓏凪は恐らく杞憂で終わらない事態を見据え、決して痛みを忘れることのない膝をそっと撫でた。

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