第2話 秘密の近道

通学は自転車だ。

愛用の赤いマウンテンバイクで国道まで出たハルは、目の前に迫る小山を見上げた。


「もしかしてこの山、突っ切れるかも…?」


うまくいけば山を大きく迂回する国道より近道になりそうだ。

背中から吹き抜けた風に後押しされたハルは、正規ルートから大きく逸れた。


捨て置かれた田畑を抜けると、ひっそりと切り開かれた小山の入り口を発見した。

ハルは意気揚々と乗り込んだが、整備すらされていない荒れた山道はすぐに難所と化す。

不揃いな石だらけの道に、タイヤが連続して不快な音を立てた。


「はぁ…、はぁ…。きっつ…」


どう見ても自転車に不向きな獣道にハルの額が汗に濡れる。

剥き出しの土と、濃い野草の匂い。

迫ってくる石の段差。

引き返せとでも言いたげな鬱蒼とした緑が、上空でザワザワと大きく揺れた。


立ち漕ぎでも速度は容赦なく落ちていく。

息切れしたハルは、苦しい胸に顔をしかめた。

それでも限界手前で大きく息を吸うと、再び真っ直ぐ道の先を見据える。

風が前髪をかき上げた途端、ハルの揺るぎない瞳の中で瞳孔が僅かに収縮した。


直後に訪れた、水を張ったような無音。

ピンと張り詰めた空気に木漏れ日だけが揺れる、一秒にも満たない時間。

乾いた土を撫でるように巻き上がった突風がその沈黙を打ち破り、ハルの周りを取り囲んでいく。

同時に自転車が大地を離れてふわりと浮いた。


「よし…!」


自転車が風の上を走り行く。

止まりかけていた景色は急速に流れ出し、あっという間に山頂が迫ってきた。

さっきまで上空で揺れていた木の葉の間を突き抜ければ、視界いっぱいに広がるのはとびきりの青空だ。


「ひゃっほーぅ!!」


紙飛行機のように宙へと飛び出したハルが、ご機嫌な声と共に滑空しながら緑の中へと消えていく。

このまま下り道に差し掛かれば近道は大成功だ。


ガタガタと響きだした音は麓へ向けて遠ざかり、静けさを取り戻した空に鳶が一羽飛びたった。

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