ひつじ雲日和
うづき あお
空色の少年
第1話 笠井ハル
誰もが憂鬱な月曜日の朝。
設定した時間に寸分の狂いもなく、スマートフォンは朝を告げ始めた。
軽やかな音が躍るのは緑色を基調に整えられた六畳間。
折り畳まれた段ボールに山積みの服と、まだまだ引越しの余韻は引きずるものの、男子用学生服だけは母がきちんと壁にかけたままだ。
真新しいだけあり、紺のブレザーもグレーのスラックスも皺一つない。
「ん…、うるさ…」
鳴り止まない目覚ましに、ハルは枕に齧りついたままシーツの上を手で探った。
騒音の元であるスマホを掴んだ反動で、寝る直前まで眺めていた雑誌がベッドからフローリングに滑り落ちる。
スヌーズ機能が無効化されると、部屋は再び静けさに沈んだ。
涼やかな朝の空気が首筋を撫でていく。
明るい日差しを遮る麻のカーテンは、風が通る度に穏やかに
「ハルー!!今日は初日やかぃ、早う行くんやろ!!」
階下から飛ぶ、至福を切り裂く母の声。
もれなくゴンゴンと壁を叩くオプション付きだ。
「んー…、分かっちょるけどぉ…」
への字に曲がった口は勝手に動くが、体は更に丸まるだけだ。
ハルはまだ微睡の中、広く青い空と白い羊雲の上にいた。
調子良く大好きな洋楽を口ずさんでいたが、そのメロディーに階段を踏み鳴らす音が混じった。
「ハル!!いい加減起きなさいよ!!」
勢いよく開いた部屋の扉と、勢いよく舞い込んできた甲高い声。
耳に直撃をくらったハルは飛び起きた。
「ねっ、姉ちゃん!?たまがったぁ…」
「ハル、言葉ことば!練習したのに戻ってる!」
「朝から声が大きいて…」
ハルが大きくあくびをすると、柔らかい
「ここで何しよるん?和樹さんは?」
「旦那様はちゃんと送り出してきたわよ。私も今から出勤なんだけど、用があったから
「…うつった」
「あんたのせいでしょっ」
十も歳の離れた姉は、ハルのおでこを景気良く鳴らすと部屋から出て行った。
ハルは赤くなったおでこをさすりながらスマートフォンから充電器を引き抜いた。
制服に着替え、リビングより先に洗面所に向かう。
無駄な抵抗ではあるが一応くせ毛を直し、冷たい水で顔を洗う。
歯ブラシをくわえながら夢の中でも歌っていたメロディを口ずさみ、やっと頭がすっきりしたところで甘いメープルの香り漂う食卓に向かった。
「普通ご飯食べて歯磨きして、顔を洗って髪をセットするもんじゃないの?昔から逆だよねハルは」
「姉ちゃん、早う仕事行け」
言い合っていると、今度は後ろから恐い顔をした母がハルの頭をはたいた。
「いてっ」
「ハル!!時計見よて!」
頭を押さえながら恨みがましげに振り返ったが、焦茶色の数字がくっきり浮き出た壁掛け時計は静かに危機を伝えてきた。
「八時…五分!?」
「あんたが早う行かんね!!」
「やっば!!」
並べられた朝食からフルーツヨーグルトだけを喉に流し込む。
爽やかな酸味など味わう間も無く椅子を蹴立て、リビングを飛び出した。
「行ってくる!!」
廊下に置かれた鞄を掴み、靴を引っ掛ける。
一歩で踏み切り玄関扉を開けると、眩しいほどの朝日が差し込んだ。
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