第2話 夢の協力者

 冒険者の多く集まる街【カライロ】。

 その暗い路地裏でひっそりと営んでいる薬舗が【クロト薬局】である。

 アカネは偶然にもここへ辿り着いたわけだが……まさか入店早々爆発に巻き込まれるなど誰が思うだろうか。


「新薬の開発中だったんだけど、失敗しちゃった……すまぬ」

「すまぬで済むことなのかはわかりませんが、とりあえず謝罪は受け入れときます」


 彼女は渋々謝罪を受け入れると、差し出されたコーヒーに口を付けるのだった。



 ***



「クロト薬局の店主してます。クロトです。よろしく」

「冒険者のアカネです。よろしくお願いします!」


 一つ落ち着いたところで、互いに自己紹介をする。

 店主の名はクロト。

 年齢16歳。店を持ったのは13歳の時で、以降ひっそりと薬を開発しまくっているらしい。

 だが、果たしてこんな路地裏の店が人々から認知されているのか。

 気になったアカネが訊いてみると。


「…………お得意さんが2人かな?」


 らしい。


「2人って……商売やっていけるんですか?」

「大丈夫。太客だから」


 どうやら奇跡的な巡りあわせで成り立っているようだ。

 が、クロトはまるで気にしていない。

「奇跡的だろうが何だろうが、潰れていないからいい」だそうだ。


「結果を重視するタイプなんですね……」

「? 当り前でしょ」

「あはは……ですよね……」

「……それよりも、何か薬を探しに来たんじゃないのかい?」

「――は! そうでした!」


 アカネは本来の目的をようやく思い出した。

 途端、頬の痛みがじわじわ蘇る。


「痛たたた……」

「今更だけど、顔血まみれじゃん」


 ホントに今更である。


「すいません、傷薬ってあります?」

「あるよ」


 クロトはカウンターの後ろにある棚に手を伸ばした。

 ――と、そこでピタリと手を止める。


「……一応訊いておくけど、それ爆発の傷じゃないよね?」

「そうだと言いたいところですが、残念ながら違います」

「よかった。YESだったら治療代上乗せだったよ」

(今からでもYESって言おうかな……)


 アカネは嘘をつくという概念を知った。

 治療代を貰うかどうか悩んでいると、クロトが液体の入ったスプレーを差し出す。


「それ顔にかけてみなよ」


 それは初めてみるタイプだった。

 塗り薬を想像していたのだが、スプレータイプは見たことも聞いたことも無い。

 怪訝な表情を浮かべていると、クロトはクマのある目でニコリと微笑んだ。


「大丈夫――効果は保証するからさ」

「――で、では!」


 クロトの言葉を信じ、意を決してスプレーを顔に吹きかけた。

 すると、効果は一瞬で現れる。


(あれ、痛みがない?)


 先ほどまでヒリヒリしていた箇所が、もう何も感じない。

 戸惑っていると、クロトは鏡とタオルを渡した。

 タオルで顔を拭き、鏡で顔を確認する。


「うそ……傷がない!」


 そこには傷一つ無い自分がいた。

 回復薬にはポーションがあるが、あれはあくまでも戦闘時のものだ。

 普通の傷薬よりは高めで、このようなケガは傷薬を使うのが一般的である。

 しかしカライロのどの店に売っている傷薬より段違いに効果が高く、ポーションレベルの回復力だった。


「効果抜群……でしょ?」


 クロトの言葉に、アカネはただただ頷くことしかできなかった。




 ***




 アカネは、改めてクロト薬局にある製品を確かめた。

 どの棚にある薬も、今まで買っていた店より安い。

 そしてどの店よりも、3倍近く効果が高い。


「こんな良い店があったなんて……驚きました!」


 アカネは声を弾ませる。

 普段から修行を欠かさない彼女は、いつも怪我をしている。

 擦り傷、火傷、血豆に打撲痕。たくさんの傷を持っていた。

 しかし、この店の薬が全てその痕を消し去ったのだ。

 痛みで剣を触れなかったが、これならもう一度再開できそうである。


「さっき爆発に巻き込んじゃったから、好きなの持っていきなよ」

「え、いいんですか?」

「うん。その辺のはすべてだから」

「え、失敗作?」


 アカネはその言葉に首をかしげる。

 素晴らしいほどの効果がある薬が、失敗とはどういうことなのだろうか。

 訊ねると、クロトは白衣のポケットに手を入れ、カウンターに腰を付けた。


「……ちょっとね。創りたい薬があるんだ」


 それだけ言うと、それ以上は喋らなかった。

 もう少し説明が欲しかったが、アカネはそれ以上は言わなかった。


 何か、聞いてはいけないような気がしたから。――


「えっと……じゃあわたしはこれで!」


 アカネは薬をいくつか貰うと、足早にその場を去ろうとした。

 だが、そんな彼女は呼び止められる。


「待ちなよ、アカネさん」


 アカネはドアノブにかける手を止めると、ゆっくり振り返る。


「な、なんですか?」

「……このあと、どうするんだい?」


 その質問にアカネは困惑した。

 先ほどパーティーをクビになった彼女は、今はフリーの冒険者。

 自分で決めて何でもできるが、自分で考えなければ何もできない状態である。

 そして、彼女は何をしたらいいのか――わからなかった。


「えっと……わたしパーティーをクビにされてしまったので、しばらく一人で頑張ろうと思って――」

「一人で何を頑張るの?」

「え、それは……いろいろと」

「いろいろって何?」

「……しゅ、修行?」


「……アカネさんってさ、一人で頑張って結果が出たこと無いでしょ」

「――ッ!」


 クロトの言葉にアカネは一瞬頭が沸騰しそうになった。

 が、それはすぐさま冷めてしまう。

 なぜなら――言い返せぬほどその通りだったからだ。


「……なんで、わかったんですか?」

「アカネさんが『結果を重視するタイプ』って言ったとき。すごく辛そうだったから」

「あはは……あの一瞬でわたしのポンコツさがわかるなんて、クロトさんは天才ですね」


 乾いた笑いがでた。

 笑いたいわけじゃないが、笑うしかなかった。

 それしかできなかった。


 ――そうやって、誤魔化すしかなかったから。


「子供の頃に読んだ本。それに出てきた英雄が格好良くって、『わたしも英雄になりたい!』って思って……努力したんです」

「…………そっか」

「ホントに、たくさん頑張ったんですよ?

 本当に、本当に本当に本当に――頑張ったん……ですよ?」


 いつの間にか、アカネの頬には涙が伝っていた。

 一粒ではない。もっとたくさんの涙が床にぽたぽたと落ちていく。


「でも、結果がでないんです……ッ!

 剣を振っても、体力をつけても、スライムにも勝てなくて。

 荷物持ちをやっても、やっぱりダメで……ッ。

 でも、わたし――」


 アカネは決して努力を怠ってなどいない。

 でも、結果が出ない。

 何をやってもダメで、ドジで終わる。

 向いていないのも本人が一番よくわかっている。

 けれど、それでも――


「わたし――憧憬を追い続けたいんです……ッ!

 たとえ笑われても、無様でも、誰に何を言われても――英雄になるって決めたんです!」


 アカネは涙が止まっていない。

 けれど、その瞳には強い意志が宿っていた。

 決して消えない炎のように勇ましい決意が。


「――ちょうど、薬の材料を採りに行くんだ」


 アカネが振り返ると、クロトは奥から大きめのリュックを担いでいた。

 怪訝に思っていると、彼は口を開いた。


「アカネさんの夢――少しだけ手伝うよ」


 その言葉にアカネは驚いた。

 と同時に嬉しさを覚えた。

 初めてだったのだ――自分の夢を、応援してくれる人と会ったのは。


「で、でもクロトさん。わたし、筋金入りのポンコツですよ?」


 心配そうに申告すると、クロトは再びクマのある目でニコリと微笑む。


「大丈夫――効果は保証するから」


 それは今まで聞いた中で、一番信頼できる言葉だった。

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