100年前、英雄になった者たち
紅赤
第1話 追放と新たな出会い
赤い髪の少女が英雄に憧れた理由はシンプルだ。
幼少期に読んだ本に出てくる英雄が格好良かった――ただそれだけ。
だから少女は思った。
『――世界中の人々を助けて笑顔にしたい』と。
そんな夢を抱き過ごすこと10年。
16歳になったあの時の少女は冒険者になった。
入団するパーティーも決まり、ようやく憧れた英雄への道を歩き始めたのである。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
それから月日が流れ、18歳になった少女は――。
「ごめん。言いづらいんだけど……クビで」
「…………え?」
思わず惚けた声が出た。
声の主である少女――アカネはしばらく立ち尽くすと、恐る恐る口を開いた。
「えっと……なぜですか?」
「あー、わからない? 逆に?」
「いや、まぁ……はい……ちょっとわかんないですね……」
「え、あー……そっ、か……」
首をひねるアカネに、パーティーの団長も困惑してしまう。
団長は「う~ん……」と唸り声をあげながら腕を組んで考えた。
そして、突然目を開くとアカネの両肩に手を置き、意を決して答えた。
「――ポンコツだから……です」
その
(ぽ、ポンコツ……ッ!?)
アワアワと身体を震わせ、瞳が点になるほど見開いた。
その姿を見ていられなくて、団長も他のパーティーメンバーも一斉に目を反らした。
「ぽ、ポンコツって、ポンのコツ……ですか?」
アカネは動揺しすぎて意味のわからない質問をした。
「あぁ、ポンのコツだよ」
団長はツッコまなかった。
「ポンコのツ、ですか?」
「ポンコのツ、だよ」
「ポのンコツ、ですか?」
「ポのンコツ、だよ」
「トンコツ、ではないですか?」
「トンコツ……? ではないね」
「え、ロッコツでは――」
「いや、もういいわッ!」
永遠に続きそうなやり取りに、副団長の女性が遮った。
そして、団長の腕を引っ張りアカネと引き剥がす。
他のメンバーもそれについていき、アカネと距離が離れていくと、最後に副団長が声をかける。
「アカネ! アンタがパーティーをクビになった理由は自分で考えな! わかったね!」
「あ、ちょっと待っ――グエッ」
置いていく仲間を追いかけようとしたアカネだったが、石に躓き盛大に転んだ。
その間、パーティーのみんなはもう姿が見えなくなるほど遠くに離れてしまうのだった。
「う、う、うう゛う゛――」
アカネ、18歳の夏。
「う゛う゛え゛ェえ゛え゛ェんんッッ! どうじでよ゛ォォお゛お゛お゛ッッ!!!」
涙を流して叫びながら、膝から崩れ落ちた。
英雄になろうとする少女は、こうしてパーティーを追放されたのである。
***
一方、アカネを追い出したパーティーはというと。
「はぁ……悪いことしたな」
「そうだな」
「そうですね」
「そうなのよ」
罪悪感に苛まれていた。
彼らだって、叶うことならアカネと過ごしたかったのだ。
彼女は心優しく、いつでも笑顔で接する子だった。
そんな優しい女性を追い出したのは、一体何故か。
「項垂れてもしょうがないでしょ? アタシだって妹みたいに思ってるんだから。
……でも、でもね――」
普通の物語なら、追放したメンバーは実はチート級に優秀で、追放したパーティーは追放したことを後悔しながら崩壊の一途を辿ることだろう――しかし、もう気付いてるかもしれないが、それはあくまでも普通の物語だったらの話である。
「――スライムに負けること37回、荷物持ちをやらせて転んで荷物の4分の3を使い物にさせなくなること64回、何もさせなくてもトラブルを引き起こすこと153回――とてもじゃないけどフォローしきりれるポンコツ度じゃないのよッ!」
副団長の、魂の叫びが周囲に轟いた。
そう、この物語の一応の主人公であるアカネは――正真正銘のポンコツなのである。
本当にお荷物なのである!
いや、お荷物以下なのであるッ!
むしろアカネという爆弾を抱えながら2年間付き添った彼らを褒めて欲しいくらいであった。
「落ち着け副団長! 確かに事実だが……俺たちが追い出したことも事実なんだ。せめて、陰ながらあの子を見守ろう」
団長がそう言うと、メンバーたちは頷いた。
副団長も「そうだな、すまない取り乱してしまって」と謝罪をする。
ちなみにアカネを追放したあともパーティーが崩壊することなく、むしろ安定することになるのだが、それはまた別の話である。
***
パーティーをクビになったアカネは、街へと帰還していた。
冒険者が集う街である【カライロ】には、今日も多くの人で賑わっている。
冒険者が多く集まるため、武器屋、ギルド、薬舗といった冒険者のために用意された店もたくさんある。
そんな街をアカネはとぼとぼと歩いていた。
「はぁ……やっぱりわたしが英雄になろうなんて無理だったのかな……」
2年間頑張って修行した日々を振り返る。
毎日剣を振ったり、走り込んだりして体力もつけた。
だが結果は最弱のスライムにすら勝てないという体たらく。
悲観する思いが、心の光も閉ざしかけてしまいそうだった。
(――いけない……このままじゃダメだ!)
アカネは頬をパンッ! と叩き気合を入れなおす。
英雄はいつも諦めずに立ち上がり戦ったのだ、憧れを目指す以上は自分も諦めないと誓ったのである。
アカネは拳を握ると、「よし!」と前を向いて再び英雄への道を歩みだす。
が、その前に――
「~~~~めっちゃ痛い!」
先ほど転んだときにできた頬の傷を叩いてしまったため、顔面から血が噴き出た。
まずはその治療をしなければならないと、ポーションを買うことにするアカネであった。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
英雄を目指すアカネはポンコツである。
加えて不運でもある。
ポーションを買おうと探し回ったら、全てのお店で売り切れだった。
おかげで顔中血だらけの真っ赤になりながら街を練り歩くはめになってしまった。
「うぅ……なんでどこも売ってないのぉ~」
歩いて歩いて歩きまわり、彼女は路地裏に迷い込んでいた。
もちろんポンコツな彼女はすでに迷子状態である。
そして当然ポンコツなので迷子なことにも気づいていない。
「どこかに薬屋さんないかな……」
そう言いながら暗い路地裏を歩く。
だが、歩くこと30分。
アカネは奇跡的に見つけた。
ボロボロだが、看板には確かに書かれていた――
「【クロト薬局】――やっと薬屋さん見つけた!」
血まみれの顔にキラキラと瞳を輝かせた。
軽やかなステップでドアノブに手をかける。
「おじゃましま――」
ドアを引き、カランコロンとお客の入店を告げるベルの音が鳴る。
ドガァァァンッッッ!
おっと残念。
鳴ったのは鐘の音ではなく――爆発音でした。
「なんでーーーーッ!?」
無情にも、アカネは爆発に襲われた。
店内は煙で充満し真っ黒である。
「けほッけほッ……い、いったい何が……?」
辛うじて助かったアカネ。
フラフラと立ち上がると、同時に奥で立ち上がる影が見えた。
「――うわぁ……失敗して爆発するって何年ぶりだろ」
声音から男性だということがわかる。
段々と煙が晴れていき、ようやくその姿を捉えることが出来た。
黒いサンダルに黒いズボン、そして黒いTシャツの上に白衣を羽織っている。
センター分けにした癖っ毛のある黒髪。顔には黒いマスクをしていて、目の下には大きくて濃いクマを宿す少年だった。
おそらくアカネより年下だろう。
少年がパンッパンッと服の煤を払っていると、やっとアカネの存在に気付いたのか眉をピクリと動かした。
「あ、お客さん?」
少年はその一言を発すると、後ろの棚からコーヒー豆を出した。
慣れた手つきであっという間コーヒーを完成させ、カップに口を付ける。
「ふぅー……いらっしゃい」
「まず爆発の説明してくれませんッ!?」
アカネは、人生で初めてツッコミに回った。
だが、これは運命の出会いである。
アカネの英雄としての物語は、ここから大きく変わっていくのだが……。
それはまだ、彼女の知らないことだ。
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