第19話 戸惑い

「奴はもうジェイではない。セントウダ=サトシだ」

 ウラトは断言した。


 それを聞いたカナは、戸惑いの色を見せる。

「じゃあ、ジェイさんは……」


「いや、リリーみたく表に出てきてないだけだろう」


「そうなんでしょうけど……」


 ジェイはサトシを乗っ取っていないようだ。今はただ、表に出てきてないだけだろう。

 ジェイがいなくなっているわけではない。それはわかってはいる。わかってはいるが、それでも戸惑いは隠せなかった。


「サトシ、調子はどうだ?」

 サトシはベッドの上に座っていた。ウラトはサトシの方を向いて尋ねた。


「大丈夫です。傷口は塞がりました。ただ……」

 サトシは両手で頭を押さえていた。


「傷口が塞がったなら、何も言うことはない」

 ウラトは医務室を出ようとした。出る前に振り返り、こう言い残す。


「なにか言いたいことがあるなら、余の部屋まで来るがよい」


 ウラトは医務室を出ていった。アサトは後ろ姿を見送る。

 医務室のドアが閉まったのを見て、アサトはサトシの方に向き直った。


「セントウダ。貴様が何を企んでいるかは知らない。けれど、なにかしてみろ。どうなるか……わかっているな?」

 アサトはサトシに釘を刺した。


「わかってるよ! どっちにせよ、多勢に無勢だ。大人しくするよ」

 サトシは苛立ち紛れに返す。


「私はウラト様からこんなものを託された。何かあったら、それを使えということだ」

 アサトはスマホを取り出す。それをサトシに渡した。


「わざわざ、どうも」

 サトシはぶっきらぼうに受け取る。


「私は今からウラト様のところに行く。貴様も来るんだ」

 アサトはサトシに命令する。アサトの目は冷ややかになっていた。


「ご主人のところに行くんですね。わかりましたよ。ワンちゃん」

「誰がワンちゃんだ!」

 アサトは犬扱いするサトシを睨みつけながら、二人は医務室を出てく。


 二人が出ていったあとも、カナは医務室の中で立ち尽くしていた。複雑な思いを抱えながら。



***


『サトシ、ワンちゃんってなんだ』

 サトシの頭の中でジェイが声をかけた。

「黙れ!」

 それを受けてサトシは一人、喚く。


「ジェイは変わりないようだな」

 アサトはサトシの様子を見て、微笑を浮かべた。


「何がおかしいんだ!」

 他人事のようなアサトの態度に、サトシは苛立ちを隠せない。


「着いたぞ」

 アサトはウラトのいる部屋のドアを開けた。


「失礼致します。ウラト様」

「セントウダも一緒か」

 カナは椅子に腰をかけていた。


「あんたが、イハラ=ウラト様ですか」

 部屋に入るなり、サトシは喧嘩を売るかのような口調で話しかける。


「貴様! 無礼だぞ!」

「ほほう。いい根性をしておるな」

 アサトは怒りをあらわにしていた。対して、ウラトは楽しそうな表情をしている。


「その様子を見るには、特に悪いところはないようだ。まともに受け答えできるようになったし」


「ええ、すこぶる快調です。幻聴があること以外」

『私は幻聴ではない』

 ジェイは訴えかけたが、サトシは無視をした。


「お前は奴を吸収したのだろう。もとより規格外の化け物だ。それに未知の生物がくっついている。まぁ、ありえん話とは言いきれまい。その未知の生物というのが、今、お前の頭の中にいるジェイだ」


「ああああああああぁぁぁ!!!」

 それを聞いたサトシは頭を抱え、悲鳴を上げた。顔面は蒼白状態になっている。


「いい加減受け入れんか。いちいち錯乱してると身が持たないぞ。なまじ再生力があるから狂気と正気を行ったり来たりしとるんだろうが」


「再生力、ですか。そういえば、奴はミコトに撃たれてましたね。弾は銀弾です。ヴァンパイアであるならひとたまりもない。ということは、奴の再生力を手に入れたということでしょうか」

 再生力と聞いて、アサトは口を挟んだ。


「成程な。それはともかく、ミコトに撃たれたということが気になる」

「どういうことでしょうか?」


「撃たれたということは、ミコトに認識されたということだ」

「……もしかして、認識阻害を失ったということですか?」

「うむ」

 アサトの問いかけに、ウラトは頷いた。


「完全という訳ではないようだな。吸血した相手の能力を吸収する能力とやらは」


「力は完全じゃないのに! 頭に虫がいる!! アハハハハハハ!!!」

 サトシは狂ったように笑いだした。


「もうひとつ、気になっている点が」


「なんだ」


「なんで奴、ジェイは、みすみす撃たれるような真似をしたのでしょうか。見慣れぬものがいたとすれば、まず警戒するでしょうに」


「それもそうだ。言われてみれば、たしかに気になる」

アサトの疑問に対し、ウラトはもっともだと頷いた。


「ジェイに、真意を聞きたいところですが……」

「それどころではないな」


 アサトとウラトはサトシの方を見る。サトシは笑い転げていた。



***


『カナ、大丈夫? なんかぼんやりしてるけど』

「心配してくれてるのね。ありがとう、リリー」

 カナは、医務室から自分の部屋に戻る途中である。カナは考え事をしていた。


『だって、カナになにかあったら困るもん』

 リリーが心配しているのは、カナは自分の宿主だからだろう。それでも、カナは嬉しかった。


「ジェイさんが引っ込んでるのは別にいいんだけど……ジェイさんは乗っ取らないって決めたってことだし……でも……」

 カナは「なぜジェイは乗っ取らなかったんだ」という思いがよぎった。その考えを振り落とすように、頭を左右に降る。


「私、セントウダさんを。わかってるけど……でも……」

 カナは自分の部屋の戸を開けて、中に入った。


「神様。私、ジェイさんのためにも、赦さないといけないんです。神様。あなたはセントウダさんを赦しました。どうか、私も、セントウダさんを赦せるようにしてください」


 カナは必死になって祈る。目から血の涙が滲んでいた。

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