第20話 赦し(10/28 '22 改
カナは考え抜いた結果、サトシを「赦す」と決めた。
ただ、赦すにしても、向こうは話し合いに応じてくれるだろうか?
カナはどうしたものかと考えあぐねた。
『スメラギさん、お時間、よろしいですか?』
カナはスマホにメッセージを送った。レイハに相談することにしたのである。
『私で良ければ、ご相談に乗りますよ』
しばらくして、レイハからこんなメッセージが返ってきた。
『ありがとうございます。実は――』
***
「コフタさん、私でよろしいのですか?」
レイハは、カナと共に応接室に向かっていた。
「こちらこそ、ありがとうございます。お忙しいのに、お付き合いさせてしまって……」
カナは、レイハに頭を下げる。
「お気になさらずに。ここ、伊原邸での困り事を解決するのが私の仕事ですので」
レイハは毅然とした態度を取った。
二人は応接室に着く。二人より先に、サトシが来ていた。
「お二人とも、中に入りましょうか」
レイハは、カナとサトシを応接室の中に入れた。
***
――数時間前。
サトシは、ウラトとの面会後、アサトに空いている部屋に押し込められた。どうやら、今後はそこを自分の部屋として使えということらしい。
わざわざ部屋を用意したというのは「外に出してやるものか」ということだろう。とはいえ、特に反発する理由もない。サトシは大人しく従うことにした。
――サトシはアサトから貰ったスマホを見ている。通知が入ったので、開いてみた。
『コフタ=カナさんから伝言を承りました。セントウダさんとお話がしたいそうです』
差出人はスメラギ=レイハというらしい。アサト曰く、同僚だそうだ。
サトシはレイハに興味はなかった、が……
「コフタ=カナ、か。マサキさんの娘さん、だよね……」
コフタ=マサキ。
サトシは、その名前を忘れた事はなかった。サトシの心の中心にいるのは、イチジョウ=ユウジだ。けれど、コフタ=マサキもまた、サトシにとっては重大な意味を持っていた。
よく使う『視線で相手を撃ち抜く能力』は、マサキから手に入れたからというのもある。それ以上に、『能力とともに入ってきた記憶』これがサトシを悩ませたからであった。
サトシの『吸血した相手の記憶をも入手する能力』は一時的なものではある。
ただ、マサキの場合は内容が凄惨であった。おまけに、能力としてマサキの痕跡が残っている。それなので、嫌でも意識してしまうのだ。
コフタ=カナ。彼女はマサキの遺族である。
カナは母親を殺された。挙句、父親まで殺された。
きっと、殺したいほど憎んでいるだろう。そんな相手に対して「お話がしたい」とは。サトシは、真意がわかりかねた。
正直に言うと、サトシはあまり気乗りがしないでいる。開き直っている訳ではない。合わせる顔がないのである。
とはいえ、向こうは「お話がしたい」と言っているのだ。なのに顔を見せないというのも、それはそれで不誠実ではないか――
熟考した結果、サトシは応じることにした。スマホを取り、レイハに返信した。
『カナに会うのか。カナに何かしてみろ。そのときは、乗っ取るぞ』
サトシの頭にジェイの声が響いた。サトシは無視したが、眉間に皺が寄っていた。
***
――応接室。
カナとサトシは、卓を挟むように、向かい合わせに座っている。お互い、気まずそうな表情をしていた。
「お茶、よろしければどうぞ」
レイハは二人に湯のみを出した。中に緑茶が入っている。
「ありがとうございますっ」
カナは、お茶に口をつけた。それを見て、サトシも湯のみを手にする。
「セントウダさんも、お茶を飲まれるんですね」
「ええ、まぁ、そうだね……」
サトシの反応を見て、カナは変なことを聞いてしまったかなという気分になる。
けれど、どうしても聞かずにはいられなかった。というのも、サトシはヴァンパイアで、ついこの間まで、お茶さえ飲めなかったろうと考えたからである。
「お茶、どうですか?」
カナは、お茶の味を聞いてみた。
「どうって……このお茶、おいしいね」
サトシは躊躇いがちに答える。
「不味いと言われてしまったら、面目ございません。せっかくの玉露ですのに」
カナの隣に座っているレイハが口を挟んできた。
「ふふふ」
カナは思わず笑みがこぼれる。
「ありがとうございます。スメラギさんのおかげで、ちょっと楽になりました」
カナは笑顔で礼を言った。
「それで、私がセントウダさんとお話をしようと思ったのは……」
カナは真顔になり、本題を切り出す。
「セントウダさん。私の父はコフタ=マサキです。コフタ=マサキのことは知ってますよね?」
カナはサトシを見据える。マサキのことを聞かれたサトシは、身が引き締まる思いがした。
「……知ってる」
カナの問いに対して、サトシは弱々しく答える。
「そうですか。ありがとうございます」
サトシの弱々しい返事に対して、カナは堂々としている。
サトシはカナの様子を見ていた。サトシは、カナにとっては親の仇だ。それであっても、カナは憤怒に駆られているようには見えない。さりとて、怯えているという訳でもない。
とにかく、泰然自若としている。サトシには、そうとしか見えなかった。
「セントウダさん。どうして、父さんを殺したんですか?」
カナは改めて、サトシに尋ねた。鋭い目でサトシを見つめる。
サトシにしたら、カナは一回り下の小娘だ。ヴァンパイアであったというが、彼女がヴァンパイアになったのはつい最近のことだ。つまりは、外見通りの年齢だ。
ただの小娘じゃないか。でも、なぜ気圧されているのだろうか――
どう答えればいいのか。サトシはわからなくなっていた。
「答えたくないのであれば、それで構いません。どのような答えであれ、私は赦すと決めました」
「赦す? どういうこと?」
サトシは信じられないという眼差しを向ける。
「もう、過ぎたことです。セントウダさんを殺したって、父さんは帰ってきませんから。あと、ジェイさんのことです」
「奴の話はやめろぉ!!」
サトシは体を後ろに引き、耳を塞ぐ。顔は蒼白していた。
「……ジェイさんのことが受け入れられない。仕方がないのはわかっています。でもジェイさんは、セントウダさんを乗っ取りませんでした。
「セントウダさんを殺したら、ジェイさんも死んでしまいます。それ以上に、ジェイさんが悲しむと思うんです」
「悲しむ?」
サトシは聞き返した。
「ジェイさん、泣いてたんですよ。セントウダさんが自分のせいでおかしくなったんだって」
カナは気の張ったような態度を一転させる。今はしょげているように見えた。
泣いてるとはどういうことだ。またしても、サトシは黙り込む。
「ジェイさんは、セントウダさんにいなくなってほしくないんです。それだけは、わかってほしいんです」
カナは念押しする。
「でも、僕はセントウダ=サトシだ。奴じゃない。僕が生きてたら、奴がいなくなるなんてこともあるかもしれない。それでも、僕を赦すの?」
サトシは、カナを試すようなことを言った。
「セントウダさん、なんでそんなことを言うんですか? まさか、死にたいんですか?」
カナは、はっとした表情を浮かべる。
「僕みたいなのは、死んだ方がいいだろ。殺したのは、マサキさんだけじゃない。ユウジさんもだ。ミコト君に撃たれたのは当然だ」
サトシは、カナをあえて挑発した。
「だったら尚のこと、殺す訳にはいきません。神様にお任せします。聖書にもこうありますし。『復讐はわたしのすることである』だって」
カナは、微笑みを浮かべた。
『復讐はわたしのすることである』
それを聞いたとき、サトシは耳鳴りがしたような気がした。咄嗟に背を屈めて耳を押さえる。耳鳴りは一瞬で収まった。
「だ、大丈夫ですか?」
カナは心配そうに声をかける。
「……大丈夫だ」
サトシは顔を上げる。上げた先に、カナの手があった。
「これは、どういう……」
サトシは、カナの差し出した手の意味がわからない。つい、首を傾げる。
「だから、赦すと決めたと言ったじゃありませんか」
カナは真っ直ぐな目で、サトシのことを見ている。サトシは、その目から赦そうという意志を感じ取った。
自分の父親を殺した相手を赦す。その決断は、並大抵の覚悟ではできない。
そんなカナに対して、サトシは改めて畏敬の念を覚えた。
「コフタさん、本当にそれでいいんですか?」
サトシは、カナの意志を再確認する。何故か敬語になっていた。
「……だから、『赦すと決めた』って言ったじゃないですか」
それを聞いたサトシは、差し出された手を握り返した。
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