第21話 Mad Tea Party(11/4 '22 改

 カナは、サトシと和解した。あれから、サトシとやり取りをしているわけではないが。

 これ以上話すこともないのだ。それなのにやたらと近づくのも、かえって拗らせることになる。特にトラブルもない。今くらいの距離が丁度いいのだろう、カナはそう考えた。


 次は――。


「セントウダさんとミコトさん、このままじゃよくないわよね……」

 カナは、どうにかして和解できないだろうかと思案していた。わだかまりを残すべきではないと、考えていたからである。


『アタシ、そういうのは無理だし。だって、ヒトの気持ちわかんないもん』

 リリーが頭の中で話しかけてきた。カナは思案している最中である。


「リリーも一緒に考えてくれたのね。ありがとう」

 カナは礼を言った。


 リリーもジェイと同じくパラサイトである。カナはジェイに吸血された。それと同時に、血を与えられた。

 リリーはそのとき、カナに寄生したのだろう。しかし、同じように互いの血を吸ったウラトには、パラサイトはいなかった。


 ウラトにはいないのに、なぜ自分にはいるのだろう? カナはそういうことを何度か考えていた。


 それは、単純に気になったからであり、リリーのことを嫌悪しているわけではない。

 カナはふと、ジェイに寄生されたサトシのことを考えた。


 ――ジェイは拒絶されて可哀想だ。けれど、あっさりとリリーを受け入れるというのも、それはそれで変なのではないか――。


「ごめんなさいっ。別にリリーの事が変だって言いたいんじゃなくて……」

『何の話?アタシ、カナが話すこと以外はわからないよ』


「それって、『私が頭の中で考えてることはわからない』という事ね?」


『そういうことになるのかなぁ。あたし、別に脳を乗っ取ってないし。借りてるようなもんだからね。だから、『何を考えてるか』まではわかんないよ。

『……て、アタシの話はどうでもよくない? セントウダとミコトはどうするのって話でしょ』


 リリーから話を戻されたカナはハッとした。

「……どうしよう……」

 カナは困り果ててしまった。


「まず、ミコトさんの話を聞いた方がいいわよね……」

 ――エリの助けを得られないか。エリの元でミコトと共に、お茶をするのがいいのではないか――。

 カナは、こんなことを思いついた。


 ただ、エリはともかく、ミコトはどうやって誘えばいいのだろうか。まるで検討がつかない。


「だって、ミコトさんと私、お互いのことをよく知らないし……」


 カナはどちらかというと、引っ込み思案な性格である。友人の遊びの誘いは相手から持ちかけられてばかりだ。自分から誘うことは殆どない。

 友人でさえこれなのだ。素性がしれないミコトを誘うのはかなり抵抗があった。


「……でも、私はこれくらいのことしか出来ないし!」

 カナは勇気を振り起こした。



***


「ほほう。エリを交えてミコトと話がしたいとな」

「こんな事を頼んで申し訳ありません。でも、どうしてもミコトさんと話がしたくて……」


 カナは腹をくくる。ウラトにミコトのことを相談することにしたのだ。エリの協力を得たいので、どっちにせよウラトの元にいかないといけないのだが。


「イハラさんとしては、あまりエリさんのところに行かせたくないとは思うのですが……」


 なにせ、ミコトは人を銃で撃ったのだ。親の仇であるとはいえ、暴挙という他ない。エリに危害を加える理由はないとはいえ、ミコトは危険だ。エリに会わせてなるものかと言っても別におかしくはない。


「別に構わんぞ。銃は没収したからな」


 カナは面食らった。あっさりと承諾をしたからだ。カナは困惑した表情を浮かべる。


「すみません……ところで、なんでミコトさんに銃を持たせたんですか?」

 カナは恐る恐る尋ねた。


「うむ、当然の質問だな。それはだな、余はミコトらに拘らってるわけにはいかん。なにかあったときは、自分の身は自分で守ってくれ。と、いうわけで渡したんだが」


「まさか……そのとき、セントウダさんの話もしたんですか……?」

 カナの身体はわなわなとし始めた。


「まさかあんなことをするとは思っていなかった。若気の至りを見くびっておったわ」


 ウラトは顎に手を持っていきながら答えた。

 カナは絶句した。ウラトに信じられないという眼差しを向けて。


「……そういうことでしたか…わかりました……」

 カナは自分を抑えるように答えた。


「ミコトを誘いたいのであれば、お前さんが頼んだ方がいいんじゃないのか。同じようにセントウダと因縁があるのだし。まぁ、きっかけ作りくらいならしてやらんでもないが」


「……イハラさん、相談に乗っていただき、ありがとうございます……」

 カナはウラトと目を合わせないように俯いていた。ウラトは何も言わなかった。


「では、これで失礼します……」

 カナは部屋を出る時も、俯いていた。


 ――カナはこの時ほど、ウラトに怒りを覚えたことはなかった。

 エリが大事なのはわかる。だが、それ以外のものに対してあまりにも冷淡ではないか。とはいえ、世話になっている。何より、ここで怒りを爆発させれば、ミコトと話す機会を失ってしまうかもしれない――。


 だから、カナは必死になって自らを律したのである。


『カナ?大丈夫?』

 カナの様子がいつもと違う。リリーはそれを感じ取った。


 その時、カナの目から血が流れた。

「ありがとう、リリー。私は大丈夫よ……」

 カナの目からとめどなく血涙が流れる。


『大丈夫そうには見えないよ。やっぱりヒトってよくわかんない』



***


 ――翌日。

 

 カナは階段で三階に上がる。上がった先にミコトがいた。ミコトとここで待ち合わせをしていたのである。


「来ていただき、ありがとうございます」

 カナは、ミコトに一礼する。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 ミコトは丁寧にお辞儀を返した。


 カナは緊張していた。ミコトとサトシの和解がかかっているからである。


 今回、無関係であるエリを巻き込む形になってしまった。はたしてそれが正しかったのか。とはいえ、二人きりでは話が進むだろうか。カナはエリに対して申し訳ない気持ちが湧いてきた。


「お二人さん、来てくれたっすね。エリ様が待っておられるっす」

 マキがエリのいる部屋から出てくる。その中にカナとミコトを迎え入れた。


「失礼します」

 二人は頭を下げる。


「エリさん、面倒なことに巻き込んで、申し訳ありません……」

 カナは申し訳なさがいっぱいになっていた。


「謝らないでください。私こそ、力になれてなによりです」

 エリはカナに微笑みかけた。それを見たカナは、ほっとする。


「カナさん……と、イチジョウ=ミコトさんでしたね?」

「は、はい」

 エリに呼びかけられたミコトは恐縮してしまう。

「お二人とも、こちらにおかけください」

 エリはカナとミコトを誘導する。二人はエリと向かい側にあるソファーに座った。


「お茶は、なにがいいでしょうか?」

「では、エリさんのオススメのものを」

「かしこまりました」


 エリはマキに紅茶の用意を命じる。マキは言われた通り、紅茶の準備を始めた。


「……えーと……」

 ミコトは相変わらず緊張している。


「ミコトさん、よろしかったらミルクと砂糖もお使いください。この紅茶は、ミルクティーにしても美味しいんですよ」


「あ、ありがとうございます」

 カナはミコトの様子を見ている――そういえば、初めてエリと会った時、自分も緊張していたな――ふと、そんなことを思い出した。


「ふふふ」

 カナは含み笑いをする。それを聞いたミコトはカナの方を振り返った。


「ごめんなさい。別にミコトさんのことを笑ってたわけじゃないの。ただ、初めてエリさんとここで会ったことを思い出して……」

 カナは慌てて弁明した。


「お二人共、紅茶をどうぞ」

 エリは二人のカップに紅茶を注ぐ。


「ありがとうございます。ミコトさん、エリさんの紅茶はとても美味しいんですよ」


 ミコトは紅茶にミルクと砂糖を入れて飲んだ。

「本当だ、美味しい」


「お口に合ったようで、なによりです」

 エリは微笑んだ。


 カナはミコトを観察する。ミコトの表情がほぐれたように見えた。

「えーと、ちょっと、いいですか? ミコトさんにお聞きしたいことがあるのですが……」

 カナは、チャンスとばかりに話を切り出した。


「お話というのは……」

 ミコトは声を詰まらせる。


「ミコトさん、とにかく、ミコトさんが怪我しなくて、よかったです」

 カナはミコトのフォローをした。


「……ごめんなさい。俺、母さんにも迷惑かけた……」

 ミコトは項垂れる。

「でも……、やっぱり、俺、許せないよ……」


「ミコトさん」

 エリはミコトを見据える。

「ミコトさんの気持ちは分かります。実は私も……」

 カナは自分のことを話した。悲痛な面持ちが浮かぶ。


「――でも、聞いてください、ミコトさん。私はセントウダさんを赦すことにしました」


 それを聞いたミコトは驚愕した。

「なんでそんな奴赦すんだ! 死んでしまえって思わないのか!?」

 ミコトは声を荒らげる。


「私だって、セントウダさんのことをよくは思っていないわ。でも、殺したって、お父さんは帰ってこない……」


 個人的な復讐心を晴らしたところで、それで父が戻って来る訳では無い 。他にもジェイのことがある。ただ、ジェイのことを説明すると余計ややこしくなりそうだ。これについては黙ることにした。


「あいつは化け物だ! 他の人も殺すかもしれないんだぞ!」


 それを聞いたカナは内心ショックだった。ミコトにしたら、サトシは紛うことなき化け物だ。だが、それを言うならカナだって化け物なのだ。

 カナは深く深呼吸をし、とにかく心を落ち着かせようと務めた。


「セントウダさんは化け物ですか……確かに、そうかもしれません。でも、それを言うなら私だって同じなんです」


「ええ?」

 とつとつと話すカナを、ミコトは信じられないという目で見る。


「私も、ヴァンパイアだったんです。でも、今は違いますけど。でも、今も人間ではないことに変わりはありません」


「ごめんなさい。そういうつもりで言ったんじゃ……」

 ミコトは慌てて訂正した。


「そうだ! いなくなった方がいいんだ!」

 ――突如、エリは叫んだ。狂気めいた笑顔を浮かべながら。


「エリさん!?」

 突然のことに、カナとミコトはびくりとなる。


「なんでお前はジェイのことを話さないんだ!」


「あなた、エリさんじゃないわね!?」

 エリがエヌと化した。それにも関わらず、カナは毅然とした態度を取る。


「僕の質問に答えろ! ジェイのことなんかどうでもいいのか」

 エヌはカナに詰め寄った。


「何を言ってるの。あなたには関係ないでしょう」

 カナは負けじと突っぱねる。


「……僕だったらジェイを救ってあげられるんだけど……」

 エヌは、優しく語りかけるかのような声色になる。


「考えてもみろ、ジェイは望まれて生まれた存在じゃない。ただ、人を殺させる為に生み出されたんだ。しかも、他者を犠牲にしなければ、存在さえ出来ない。

「なんて哀れな存在だ。可哀想なジェイ。誰からも望まれてないジェイ」


「黙りなさい!」


「だから、彼の為にこの世界、いや、『在ることそのもの』を無くしてしまおう。そうすれば、もう誰も苦しまなくなる。いや、苦しみさえなくなるんだ!

「生憎、僕だけでは終わらせられない。僕の力は巨大すぎるからね。カナ、君の助けが必要だ。さあ、全てを終わらせよう!!」


「出てって! エリさんから出てって!!」


 エリは急に妙な事を言い出した。カナは負けじと応戦する。それを見たミコトは唖然としていた。

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