第16話 Toys in the Attic
――数日後。
「ウラト様。セントウダ、いや、ジェイは如何なさいましょうか?」
アサトは、ジェイの処遇――今はサトシになっている――について尋ねた。
「ここに置いておく。野に放つ訳にはいかないからな」
「ここに置いておく、というと?」
「そのままの意味だ」
「………つまり、ジェイには何もさせない、と?」
「今の奴に、なにかさせる訳にはいかんだろう。少なくとも、外見は完全にセントウダだ」
「ところで、私は、いかが致しましょうか?」
アサトの問に対し、ウラトは考え込む素振りを見せた。
「うむ……アサト、お前をジェイ監視の任から解く」
「大丈夫なのですか? 我らに歯向かうかもしれません」
「ジェイに任せた方が確実だろう。奴ならば、カナに危害を加えることは看過せんだろうし。それに、なにもできん奴のお守りはさせたくない」
「任せる、ですか……」
今のジェイは、サトシに文字通り、近しい存在だ。その気になれば止めるどころか、乗っ取ることさえ容易い。
もっとも、何故乗っ取らないのかが引っかかるが。
「ミドリ製薬、連中はしばらく、身動きが取れまい。だからこそ、油断ならんのだ。お前に、そっちを任せたい」
「承知致しました」
アサトは深深と頭を下げた。
***
「――母さん。いつまで俺たちは、ここに入ればいいの」
女性に向かって、少年がぼやく。少年は同年代と比較して、背が高く見える。
「イハラさんは、私たちを守ってくれてるのよ。父さんが巻き込まれた事件のことも調べてくれてるんだし」
母さんと呼ばれた女性は、少年をたしなめる。
「母さん。俺、イハラって奴はなんか企んでるような気がする。だって、ここに父さんを殺した奴を連れてきたって。それに……」
少年は、拳銃を取り出した。ウラトが護身用にと、渡したものである。
「ミコト!」
女性は少年を制した。
「……ミコト、馬鹿な事はやめて。お母さん、あなたまでいなくなってしまったら、なんて、考えたくないの……」
***
「――ウラト様。もうひとつ気になっていることが。イチジョウ=ユウジの、家族のことですが」
「イチジョウ=ルカとミコトの事か?」
「はい、御家族に、セントウダの話をしたとの事ですが……」
「家族は関係ない、といいたいのだろう?確かに、直接は関係ない。ただ、遅かれ早かれ、イチジョウのやった事は露呈するだろう。
「余としては『下っ端研究員がやった事だから責任は問わない』などという事は、したくないのでな」
「でも、彼は内部告発をしようとしました」
「だから、家族を庇護下に入れたのだ」
「それともうひとつ…何故、ご家族に銃を?」
アサトは聞こうか聞くまいか悩んだが、意を決した。
「用心の為だ。余はいつでも助けに行けるわけではないからな。『死にたくなかったら、余計なことはするな』とは言っておいたから大丈夫だろう」
***
――数ヶ月前。
「余に、何の用だ」
「アタシになにか、手伝えることはないかなー、って」
カナは、にっこりと笑みを浮かべる。
「お前、カナではないな?」
「正解! よくわかったね。アタシ、リリーっていうの」
リリーは、改めて自己紹介をした。
「カナには、エリの話し相手、という重大な任を任せておる。それを不服と申すか?」
「それも大事だけど。アタシとしては、もっとやれるよ? ああ、殺しはダメって言われた」
「殺し以外はやれる……か」
ウラトは考え込んだ。その上で、次のような結論を出した。
「では、お前には、ここに行ってもらおう――」
――カナが――正確にいうとリリーが――研究所に潜入したのは、こういう経緯があったのである。
カナは、このことについて、思いを巡らせていた。
続いて、研究所から連れ出したサトシ――正確にいうとジェイ――について、ウラトと一悶着あったことに思いを巡らせていた
。
「……ごめんなさい、リリー。折角、イハラさんの信用を得たのに。私が、余計なことを言ったばっかりに」
『なんで謝るの。カナは、思ったことを言っただけでしょう』
カナは、頭の中にいるリリーに、話しかけていた。
『それに、悪いなんて思ってない』
「……リリーの言うとおりだわ。でもね、正しいことでも、言い過ぎてしまうと、よくないのよ」
『よくわかんないや。めんどくさいね。人間って』
厳密に言えば、カナもウラトも人間ではない。とはいえ、ものの考え方は人間のままだ。リリーにしたら、同じ人間なのだろう。カナは、そんなふうに考えた。
「決めたわ。もう一度、イハラさんのところに行く」
『アタシじゃなくていい?』
「これは、私とイハラさんの問題なの。リリーは、見守ってくれる?」
『わかりました。でも、なんでイハラのところにいくの?』
「それは――」
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