第27話 新たなる戦い(11/8 '22 改
――伊原邸。
『今すぐエリ様の部屋に来てくれっす!』
アサトとレイハは、マキからスマホで呼び出される。二人はすぐさま、エリの部屋へ向かった。
「アサト、スメラギさん。エリ様が……」
マキは悲痛な表情を浮かべる。二人はベッドの方に目を向けた。
そこには、ミイラと化したエリが横たわっている。
「姉さん、何があったんですか?」
「実は――」
マキはここで起こったことを説明した。
「まさか、コフタがそんな事をするなんて……」
アサトは戸惑いの表情を浮かべる。
「コフタさんの姿が見えないのは、そういうことでしたか」
「はい……」
レイハの話に対し、マキは弱々しく答えた。
「ウラト様に、なんて説明する気だ?」
アサトから、焦りの色が見えた。
「……ていうか、ウラト様の様子も見た方がいいんじゃ?」
――三人は、日中、ウラトが眠っている地下室に向かった。
地下室は日光が完全に遮っていた。それにもかかわらず、部屋の中央にある棺桶は黒光りしている。
「どういたしましょう?」
「開けましょう!」
レイハの問いかけに対し、マキはキッパリと答えを出す。マキは棺桶の方へと向かった。
「姉さん!」
マキの行動に迷いが見られない。アサトは思わず声をかけた。
「何すか?」
マキはアサトの方を向く。
「姉さん、本当に大丈夫なのか?」
「何言ってんすか。どっちにせよ、エリ様のことは隠せないっすよ。だったら、報告は早い方がいいんじゃないっすか」
マキは棺桶の蓋を持ち上げようとした。
「重いっす!」
しかし、動かすことが出来なかった。見かねたアサトも加わり、二人で持ち上げることにする。蓋は少しずつではあるが、持ち上がってきた。
「よし!これで開くっす」
マキとアサトは力を合わせて蓋を持ち上げる。
「失礼をお許しください、ウラトさま……あぁ!?」
棺桶の中に眠っているであろうウラトは、ミイラになっていた。
「嗚呼、ウラト様も……」
アサトは呟いた。絶望的な表情を浮かべながら。
レイハも棺桶の中を覗き込む。
「……はい。おそらく」
声は震えている。
「ウラト様……」
マキも、呻くように呟く。
棺桶の中でミイラと化したウラトだったが、その後、灰と化した。
***
――後日。アサトとマキはカフェに来ている。
「そういえば、アサトとカフェに行くなんて、それこそ何年ぶりなんすっかね。だって、うちってエリ様にかかりっきりだったし」
マキが感慨深げに言う。
「そうだね。姉さんとこうやって二人きりになれたのって、いつの話だろうか」
「というわけで、今日は姉弟水入らずっすよ。お酒はないけど」
マキはニッコリと笑った。
「そもそも私達は、酒が飲めないんじゃなかったかな」
「ハハハハ。でも、うちらはもうウェアウルフじゃないっすよ。お酒も飲めるかもしれないっすね。
「うちは紅茶にするけど、アサトも紅茶でいいっすか?」
「じゃあ、まずはそれにしようかな」
「オッケー。すいませーん」
マキは店員を呼び止め、注文をした。
「それにしても、最近はワイドショーでもミドリ製薬の話ばっかりっすね」
紅茶を待っている間、マキはこんな話を切り出した。
「正直、こんな大々的に報道されるなんて思いもしなかったな。利用価値が無くなったから切り捨てにかかったのかもしれない」
「そうっすねー。今まではニュースにさえならなかったっすからね。かえって不気味っすよ」
「でも、そのおかげで、わざわざ危ない橋を渡って情報収集しなくてすんでるから、助かった」
「今までだったら、ヴァンパイア化したと思わしきスロートバイトの顧客が全員死亡したとか、絶対ニュースにならなかったっすよね」
「あと、死亡者はミイラ化したとか書いてある週刊誌もあったな」
「どこから流れて来たんすかねぇ。もっとも、それだってウラト様とエリ様のことがなかったら、流石に信じなかったかもしれないし」
二人が話をしている間に、店員が紅茶を持って来た。
マキは紅茶を口にする。
「……紅茶って、苦いんすね」
口の中で、苦さを噛み締めていた。
「……アサト。カナちゃんのこと、恨んでないっすか?」
マキからこんなことを言われ、アサトは返答に困る。つい、黙り込んでしまう。
「うちは別に恨んでないっすよ。だって、遅かれ早かれ、誰かがやらなきゃいけなかったんだ。カナちゃんは、あえて憎まれ役を買ってでたっす。
「……カナちゃん、『エリ様の入れてくれた紅茶はおいしい』って言ってたっす……うちも、飲みたかったなぁ」
マキの目から、大粒の涙がこぼれた。
***
カナは、エリの部屋にて、目が開けられないほど眩い光に包まれる。瞼から光を感じられなくなったので、カナは目を開いた。
眼前に広がる光景は、全く見知らぬものだ。
さっきまでいたエリの部屋ではない。
「なんだ? あいつ」
声がしたので、カナは聞こえた方に向く。そこには、大きい球体のようなものがあった。
見たところ、ロボットのようにも見える。球体は床から浮いており、どういう仕組みでそうなっているのか検討がつかない。周りには、8個の手のようなものが浮いていた。
その球体には単眼のカメラがついていた。カナのことをじっと見るようにレンズが向けられている。
「誰だ? お前。どこから来たんだ」
「ええと……」
球体は質問を発する。カナはたじろいだ。
「イド!初対面の人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗らないとダメだろう」
球体の後ろから、少年が現れた。見たところ、カナと同年代のようである。
「ヒト?こいつはネフィリムだぞ」
「そういう事じゃなくて……」
少年とイドと呼ばれる球体がやり取りしている。カナは、それを黙って見ていた。
「ああ、ごめんなさい。僕はサトウ=ダイスケ」
「私は、コフタ=カナと言います」
「君、もしかして日本人? 僕はそうなんだけど」
「あ、はい」
なぜダイスケは自分は日本人だという話をしたのだろうか。カナはピンと来なかった。
「日本人ということは、地球から来た。ということだ」
「どういうことですか?」
「ここは、僕たちのいる地球とは違うみたいなんだ。アナセマスっていうらしい。まぁ、異世界だよね」
「……異世界……」
カナは、いわゆる異世界ものと呼ばれている作品のことは知っていたし、見たこともある。
けれど、それはあくまでもフィクションだ。まさか、自分が異世界に飛ばされるなんて思いもしない。カナは状況を飲み込めないでいた。
「ところでイド、さっきカナのことを『ネフィリム』って呼んでたよね? どういうこと?」
ダイスケはイドの方を向いて尋ねた。
「さっきセンサーにネフィリムって出たんだよ。リストにはなかったけど」
「センサーが壊れてんじゃないの?」
「壊れてねぇよっ」
「あの……すみません……『ネフィリム』って……?」
カナは、ダイスケとイドの間を割って入るように尋ねた。
「確か地球じゃ『巨人』って意味なんだっけか。ここではざっくり言うと『世界を滅ぼしかねないほどのやべー力を持った存在』のことだ」
「ぇぇえ!?」
自分のことを「世界を滅ぼしかねないほどのやべー力を持った存在」と言われた。カナは驚愕した。
言われてみれば、今の自分にはそのような力があるのかもしれない。
「でもリストにないんだろ。やっぱり壊れてるんだよ」
ダイスケは異を唱えた。
「……もしかして、ジェイさんってそうなんですか?」
「ジェイさん?」
ダイスケは聞き返した。
「ジェイさんが私をネフィリム? にしたんです」
「ジェイか……ちょっと待ってろ」
イドは該当者がいないか検索を始める。
「『ネクロファジスト』の『ジェイシリーズ』が出てきたぞ。
「今、画像を出す」
イドはカメラからホログラム映像を出す。そこに映っていたのは、白い拘束具を纏ったジェイだった。
「この人です!」
カナは大声で答えた。
「こいつはジェイシリーズのプロトタイプだ。確か、素体であるジョハンを直接改造したものだっけか。
「なんでも、とある作戦から帰還後、暴走したとかで味方を大勢殺したんだと。それなので次元転移砲をくらって別次元に飛ばされたとか。
「残念ながら、別次元のことは俺様の範囲外だ」
「そうだったんですか……」
イドからジェイの過去を聞かされる。カナは、胸が痛くなった。
「それにしても、新たな『ネクロファジスト』を生み出すとは。プロトタイプもなかなかやるな……おい、カナ。もっとプロトタイプの事を聞かせてくれよ。あいにく、奴は生まれてすぐに別次元に飛ばされたもんで、データが足りないんだ」
「おい、イド。いい加減にしろよ」
カナは困惑している。それなのに、イドは質問を浴びせる。それをダイスケはたしなめた。
「どっちにせよ、あんたをここから出す訳にはいかない。なにせ、あんたはネフィリムだからな。まぁ、俺様の手伝いをさせてやらんでもないが」
「イド、リーダーは僕だ。僕を差し置いて、勝手に決めないでよ」
「でも、大事なことは殆ど俺様が決めてるぞ」
「そもそもバランサーのリーダーはモータルって決まりなんでしょ。モータルにしないとリーダーが強くなりすぎちゃうから」
「そうだったな。そのルールを決めたのも俺様なんだけど」
イドとダイスケは、カナそっちのけで話をしている。
「あのー、すみません……おふたりさん……」
カナはどうにかして割って入った。
「ごめんなさい。つい夢中になってしまって……」
ダイスケは謝る。
「ところで、カナはこれからどうするの?」
「うーん……」
イドはここから出すつもりはないようである。
そもそも文字通り、右も左もわからない世界に放り出されたのだ。むしろ、「ここから出ていけ」と言われるよりかはマシなのではないか。カナは、どうしたらいいのかわからなくなっていた。
「これからどうするのって言われても分からないよね……とりあえず、しばらくここにいればいいよ。あんまりいい気分はしないと思うけど……」
カナとイドは上手くやっていけるのかどうか。ダイスケはその事が引っかかっていた。
「イドさんの言ったことが気になるんですか? 確かに『出さないぞ』って言われた時は、あんまりいい気分はしませんでしたが……でも、ダイスケさんとは普通に接してますし」
「うん。それはよかった。僕はイドみたいに乱暴じゃないからね」
「なんだとぉ?」
「ほら、そういうところだよ」
「うるさい」
イドは8個の手を忙しなく動かした。どうやら抗議しているようだ。
「えっと、私はここにいていいんですね?……ダイスケさん、イドさん。よろしくお願いします」
カナは深々とお辞儀した。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ダイスケも返事をした。
「変なマネしたら、速攻封印するからな」
「イド!」
カナはここに来た時不安しかなかった。考えてみれば、ダイスケの方がもっと不安だったのではないのか。というのも、カナが地球から来たと知ったダイスケは、嬉しそうな顔をしていたからだ。
もしかしたら、ダイスケはここに来てから、日本人どころか地球人にさえ会えなかったのかもしれない。未だに不安感が拭えない。とはいえ、自分は恵まれているんだ。カナはそう思った。
こうして、カナの文字通り、新世界での生活が始まったのである――。
***
サトシもまた、カナと同じように眩い光に包まれていた。
光が感じられなくなったので、サトシは目を開く。
眼前に広がっているのは、ミドリ製薬本社の屋上の風景ではない。見覚えのない薄暗い路地裏であった。
「えーと、ここ、どこ?」
サトシは辺りを見回した。どこを見ても、サトシにはまるで覚えがない。
「建物はあるから、街中だとは思うんだけど……
「おい、虫。ここがどこだかわかるか?」
『なんで虫って呼ぶんだ』
「事実だからだよ」
『虫は一般名称だ。特定の個体を指す名前としては不適当だと言った筈だ』
「でもお前、名前がないんだろ。お前なんか虫だ、虫」
『確かに、私には名前がつけられていない。でも、私はジェイと呼ばれてたんだ。だからジェイと呼ぶべきだ』
サトシはジェイと話している。傍目には大きな声で独り言を喋っているようにしか見えなかった。
「で、お前はここが何処だかわかるの?」
『知らない』
「だろうね。
「……お前と話してても埒が明かないや。しょうがない、通りに出よう」
サトシは通りに向けて歩き出した。
通りに出たとき、まず、クラシカルな衣装を身にまとった男女が目に入った。次に、馬車が通りかかる。見たところ、自動車は一台も走っていなかった。
『見たところ、ここはサトシがいたマッドシティより、更に文明が二週遅れているようだ』
「嫌な言い方するな、お前」
『私は見たままを言ったんだ』
「見たことをそのまんま言っちゃいけない時もあるの」
サトシの目に店の看板が映る。看板は英語で書かれていた。
「ここ、もしかして…」
『知っているのか?サトシ』
「ハハハ、もしかしたら、ドラキュラがいるかもしれないな。
「よし、ヴァン=ヘルシング教授に会いに行こう!」
サトシは街中を歩き回った。
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