第26話 Aggressive Perfecter(11/7 '22 改

 ――午前九時三十分。ミドリ製薬の本社ビル。


 今日は穏やかな陽気である。社員たちはいつものように、各々の持ち場で働いていた。


 ドッガアァン!!!バキィイィン!!グシャ!バリバリ……


 突如、フロア内に轟音が響き渡る。車が突っ込んで来たのだ。車はフロアの壁に激突する。車は壁にめり込み、動かなくなった。


「なっなんだ!?」

「キャー!!」

 フロアは一瞬にして、パニック状態に陥る。


「おはようございます」

 車から運転手が出てきた。窓ガラスやガラスドアは割れている。車は明らかに大破していたが、事故を起こした当人は怪我ひとつない。運転手はサトシであった。


 その場にいたものは、一斉にサトシに目を注ぐ。


「長いこと無断欠勤してたもので。もしかしたらとっくにクビになってると思うんですけど」

 サトシは訝しい眼差しを向ける人々に、笑顔を向ける。


 騒ぎを聞きつけ、警備員が駆けつけてきた。あっという間にサトシは囲まれる。警備員はサトシに銃口を向けた。


「動くな!」

 辺りに緊張感が走る。


「ハハハハハ!」


 サトシは動じない。むしろ、笑いだした。同時に、サトシの身体に異変が起こる。


 まず、左頭部から角が一本生える。次に右の背中から、巨大なコウモリのような羽根が生えてきた。肌は赤く変色する。右手の爪は硬く鋭くなり、左手はガトリングガンに変形した。


 サトシの変貌を見たもの全員がたじろぐ。


「……僕の体に何が起こったんだ?まあ、いいや」


 サトシは左手のガトリングガンの銃口を、警備員に向けた。


 ダダダダダダッ!!!


 轟音と共に弾丸が発射される。


 ズガガガッ!!


 銃弾は全て警備員に命中した。警備員は一瞬にして肉片に変わる。辺りは血の海と化す。銃弾は、壁やドアも穴だらけにした。


「ハハハハ!こいつはいいや。着込んでるから目で撃つと弾かれちゃうし」

 眼前の血の海はサトシが生み出したものである。その光景を前に、サトシは笑っていた。


「社長は何処だー!!」

 ひとしきり笑ったあと、サトシは叫んだ。



***


 ――同時刻、伊原邸。


「セントウダさん」

 カナはドアをノックしたものの、返事がない。


「……失礼します」

 カナは部屋のドアを開ける。そこにサトシはいなかった。

「セントウダさん、どこに行ったのかしら……」


 カナは屋敷内を探したが、見つけることはできなかった。途中、レイハの姿を見かける。カナは声をかけることにした。


「すみません。セントウダさん、見ませんでしたか?」


「見ておりませんね。なにか、あったのですか?」


「ええと、セントウダさん、いなくなっちゃったみたいなんです」


「そうでしたか」

 それを聞いたレイハは考え込むような素振りを見せた。


「心当たりがあるんですか?」


「心当たりというか……そういえば、私はウラト様に頼まれて、セントウダさんに車の用意をしました。それが、最後に見たセントウダさんですね」


「えぇ」

 カナは絶句した。これから取り返しのつかないことが起きるに違いない。カナはそう直感した。――残念ながら、取り返しがつかないことは既に起こっていたのだが――。


 これ以上血は見たくないのだ。こんなことを許していたら、血は止めどなく流れ続けることだろう。


「こうなったら、もうを使うしかないのかしら……」

 カナはエリの元に向かう。その足取りは重かった。



***


 ――ミドリ製薬本社。


 サトシの襲撃により、ミドリ製薬本社はパニックに陥っていた。


 サトシの元には重武装した警備員が続々と現れる。しかし、サトシは怖気付くことなく左手のガトリングガンで次々と警備員を肉片にしていった。


「――ミドリ製薬の武装警備員。話は聞いてたけど、こんなにいたんだな。知らなかったよ」


 日本においては、海運会社ではない企業が武装警備員を持つのは法律違反だ。いくら黙認されているとはいえ、大っぴらにしたらそれこそ大問題となるだろう。


 サトシ所属の特殊総務部もまた暗部に属する部署だが、管轄が異なる。それ故に交流もないので、サトシでもよく知らなかったのだ。


 サトシは辺りを見回す。誰もいないことを確認すると、ズボンのポケットに入れたスマホを取り出した。


「部長、社長がどこにいるか、わかりますか?」

『社長は屋上に向かってるんじゃないかな。ヘリ使うみたい』

「ありがとうございます。ヘリですか……」

『それは大丈夫だ。こっちの方で準備したから』

「重ね重ね、ありがとうございます。では屋上の方に行ってみます」

 サトシは通話を切り、先へと進んだ。



 ――数時間前。


 ミドリ製薬に向かう途中、サトシはコウゾウに電話をかけた。


『はい、フジノです。セントウダ君だね。生きてたのか。よかったよかった』

 コウゾウは安否不明の部下からの電話に、ほっと胸を撫で下ろす。


「部長、お久しぶりです。申し訳ありませんでした。長期間の不在でご迷惑をおかけしました」

『なんで謝るの。不可抗力でしょ』

「そう言っていただき、ありがとうございます。今から会社に伺います」


『ところでセントウダ君、どこから電話してるの?』

「車の中です」

『……大丈夫なの?今、日が高いんだけど』


「色々ありまして、日に当たっても大丈夫な体質になりました」

『そうなんだ。それはよかった』

 コウゾウはあえて言及しない。


「それで、部長にお願いがあるんですけど」

『うん?何?』

「社長に会いたいんです。それで、部長の方でも協力してほしいんですけど。無理にとは言いません」


 コウゾウは一瞬黙り込んだ。

『えーっと、セントウダ君は、社長と面識があったっけ?』

「いえ、ありません」

『じゃあ、どうして会いたいと?』

「話したいことがあるんです。できれば二人きりになりたいんですが」


 コウゾウはまた沈黙した。

「申し訳ありません。勝手なことを言って」

『うーん……ちょっと待ってね』


 コウゾウは少し考えた後、サトシにこう告げた。

『いいよ、協力してあげる。ただし、僕ができることならね』

「ありがとうございます!」


 サトシは電話を切ると、再び車を走らせた。



***


「失礼します」

 カナはエリの部屋の扉をノックする。「どうぞ」という返事があったので中に入った。


「突然お邪魔して、申し訳ありません」

 カナは申し訳なさそうに頭を下げる。


「カナさん、そんなにかしこまらないでくださいな。いつでも来ていいんですから」

 エリは笑顔でカナを迎えた。


「そう言っていただいて、ありがとうございます……でも……」

 カナは申し訳なさそうに口篭る。


「どうしたんすか?」

 エリの傍らにいるマキは、まるでピンとこないというような顔をしていた。


「マキさんも、ごめんなさい」

 カナはマキにも頭を下げる。

「なんで謝るんすか」

 心当たりがないのに謝られた。マキは困惑する。


「実は……『無名経典』を開きたいんです……」

 カナは目を伏せながら言った。


「えぇ?」

 それを聞いたマキは、驚きの声をあげる。


「カナちゃん、自分が何を言ってるのかわかって……」


「わかりました」


「えぇ?!」

 エリがあっさり承諾したので、マキは再度驚きの声をあげた。


「カナさんは、『無名経典』がなんなのか、存じております。カナさんなら、きっと正しいことに使えるはずです」


「でも、何が起こるか、わからないんすよ。エリ様に、もしもの事があったら……」


 エリはマキをきっ、と見据えた。

「……マキさん、私と姉様は、あなたとアサトさん、いえ、大神家の皆様の人生を狂わせるようなことをしました。それだけではありません。私達は大勢の命を奪いました。これで償えるとは思っておりません。でも、とうの昔に覚悟はできております」


「エリ様……」

 マキはエリの目から決意が固いことを見てとった。


「では、始めてください」

 エリはカナの方を向き直った。


「でもあいつ、気まぐれっすよ。呼んでも来てくれるのかどうか……」

 マキが心配そうな顔をする。その時、カナが意識を失った。


「カナさん!」

 エリは声をあげる。マキは慌てて抱きかかえた。


「カナちゃん、大丈夫っすか?」

 しばらくするとカナは目を開け、起き上がった。


「もしかして、お二人さん、アタシと会うの初めて?」

「どういうことっすか?」

 マキは首を傾げる。


「今、アタシはカナじゃなくてリリーになってるんだけど……説明はあとあと!」

 リリーはエリの手を取った。


「もしかしたら、アタシだったら呼び出せるかもしれないと思って出てきたけど……エリ、本当にいいの?

「いや、アタシにしたら、どうでもいいんだけど。カナは悲しむんだよ。あんたに何かあったら」


 エリは首を縦に降った。

「構いません。私に何かあったら、きっと今までのことに対する償いでしょう」

 エリの意思が固いことを見てとる。リリーは呼び出すと決めた。


「おーい! エヌ、出てこーい!」

 リリーは大声で叫んだ。それに合わせ、エリは意識を失い、その場に崩れた。


「え、エリ様!!」

 マキは急いでエリを抱き起こした。エリは目を見開き、すぐさま身体を起こす。


「お前は……カナじゃないな?」

 エリはエヌになった。エヌは、訝しそうにリリーを見る。


「その口ぶり、あんたがエヌね。ちょっと待って。今、変わるから」

 リリーは項垂れる。しばらくしてから、顔を上げた。


「久しぶりだね、カナ。全てを終わらせる決心はついた?」

 エヌは立ち上がると、意地の悪そうな笑みを浮かべながらカナに近づいた。


「ええ」


 カナは毅然とした態度を取る。そしてエヌの両肩を掴んだ。


「そう、全てが終わるわ……あなたがいなくなれば!」


 エヌは目を丸くした。

「僕を消すというのか。そんな事をしたら、エリもいなくなるぞ」


「何を言っているの。あなたは元々、全てを消すつもりだったんでしょう。エリさんだって、例外じゃない」

 カナは断固とした姿勢で言い放った。


「だったら、お前も道連れだ!」

 エヌは必死な形相に変わる。


「あなたを消せるなら、私はどうなっても構わないわ。だって、私も化け物だもの。

「だから、その頁を開きなさい!あなたを消す方法が書いてある頁を!」


「やめろ……うげっ、おぇぇぇぇぇ」


 エヌは必死になって口を抑えたが、吐き気は収まらない。とうとう、紙を吐き出した。


 カナはそれを拾いあげ、広げる。そこに書いてある文章を読み上げた。


「全ての理を歪める悪しきものよ!この地から去れ!」


「やめろおおおおお!!」


 エヌは絶叫した。部屋は眩い光に包まれた――。



***


 ――ミドリ製薬本社。


「社長、屋上にヘリがあります。我々とご同行ください」

「わかった」


 社長であるトウドウ=マナブは武装警備員に連れられ、社長室から出る。先導する警備員の後について、屋上に向かう。


 屋上にはヘリがあった。マナブはそれに乗ろうとすると――


ドカーン!


 目の前でヘリが大きな音を立てた。ヘリは黒煙を出し、破片が辺りに飛び散る。


「ああああ……」

 マナブは顔面蒼白になった。



 ――特殊総務部。


「部長、なんか騒がしいんですけど」

「そうだね」

「部長。相変わらずですね……」


 サトシが乗り込んでからというもの、社内は騒然としていた。それなのに、コウゾウは妙に落ち着き払っている。


「私たち、ここにいていいんですか?」

「別にいいでしょ。下手に動くと危ないし」


「そこなんですけど……社内が混乱しているのはわかります。でも、だからこそ特殊総務部に出動命令が出ないというのはおかしくないですか?だって、いつも会社に困りごとがあったら、駆り出されてたじゃないですか」


「そうだね。今回の場合、その困りごとの原因がセントウダ君だからじゃないかな」


「ええっ!?」

 アンリは驚きの声をあげた。


「先輩、無事だったんですね。でも、今の騒ぎの原因って……」

 自分のせいで行方不明になってしまったサトシの無事を確認できた。それはいいのだが、今起こっている騒ぎの原因であるとも聞かされ、アンリは複雑な心境になる。


「少し前、セントウダ君から電話がかかってきたんだけど、『今から会社に向かう』って言ってたんだよね」

「そうだったんですか……」


「……俺ね、キノシタ君が無事で良かったと思ってるよ」

「へ?」

 コウゾウがなんでこんなことを言ったのか。アンリには見当がつかない。


「だってね、セントウダ君ってミドリ製薬のトップシークレットでしょ。そんなトップシークレットを逃がしたなんてなったら、それこそ『処分』されるかもしれなかったんだ。でも、ハダ所長が便宜を図ってくれたおかげで助かったよ。まぁ、警備から外されちゃったけどね」


 アンリは戦慄した。今まで生きてこられたのは運がよかっただけである。そのことを思い知らされたからだ。


「でも、なんで私の話をしたんですか?」


「キノシタ君。俺は上の都合に振り回されるのは、もう沢山だ。セントウダ君だったら、もしかしてやってくれるかも……って思っちゃたんだよね。

「電話が終わったあとね、屋上に行ったんだ。それで、ヘリの方にちょっとね、仕掛けをしたんだよ。終わったあとにセントウダ君が来たから、俺の方は大丈夫だろう」


 コウゾウはアンリに微笑んだ。目は笑っていなかった。



***


 サトシは武装警備員を蹴散らしながら屋上へと向かう。

 屋上に着くと、すぐ様、警備員が発砲してきた。サトシはすんでのところで躱す。


「この化け物め!」

「社員に対して、その口の聞き方はないんじゃないの。確かに、今の僕はどう見ても化け物だけど」


 サトシはガトリングガンを警備員に向けて撃ち込んだ。

 撃たれた警備員は叫ぶ間もなく肉片と化す。同時にできた血溜まりの上に散らばる。


「お初にお目にかかります。トウドウ社長」

 サトシは、マナブに挨拶をした。


「なんだ貴様は!」

 マナブは威勢の良い声を発するも、完全に腰が引けていた。


「確か社長は616部隊を率いていたトウドウ=タカアキの親戚だとお聞きしました。『スロートバイト』は先の大戦の時に生み出されたものとも。

「……まさか日帝再興とかいうんじゃないでしょうね。冗談きついなぁ。まぁ、それっぽいですね。社員を見捨てて自分だけ助かろうとするところが」


 サトシは銃口をマナブに向けた。


「頼む、何でもするから、いの」

「そんな事のために、僕のユウジさんへの気持ちを利用するなああああぁぁぁ!!!!」


 サトシはガトリングガンをありったけ撃ち込んだ。



「さーて、これからどうしよう……」


 マナブは細切れになって血溜まりに浮いている。原型を留めていないので、マナブだと言われないと分からないだろう。

 サトシはそれを見て、ため息をついた。


 その時である。


「うお、まぶしっ」

 辺り一面、眩い光に包まれた。

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