第14話 Where Sleep is Rest(10/15 '22 改

『奴ら、最近妙なものを発明したらしい』

 金髪の男が、もう一人の男に話しかけた。

『妙なもの?』


 ――なんだ? これは――

 研究所に戻ってきたサトシの頭の中に、身に覚えのない記憶が流れ込んでくる。


『なんでも、人間を兵器運用するためのパラサイトだと。そいつに寄生されると、命令のままに動く殺人マシーンになっちまうそうだ』


 金髪の男は、電子タバコのようなものに口をつける。口内が、甘い煙でいっぱいになったような感覚を覚える。


 ――奴の、記憶か? ――

「ここは、何処だ」


『なんで俺にそんな話をするんだ』

 話しかけられた男が疑問を呈した。それに対し、金髪の男はこう返す。


『俺はあいつらと戦ってるんだ。もし、捕まるようなことがあれば、俺は改造されて殺人マシーンになるかもしれない』

 金髪の男は、深刻そうな表情になる。


 ――何の話をしているんだ!――

「だから、ここは何処だと聞いている」


『もし俺がそうなったら、もう既に俺は俺じゃない。だから殺してくれ。お前を殺す前に』


「聞いてるのか? サトシ」

「ああああああああああ!!!」


 サトシは悲鳴を上げた。



***


――伊原邸。


「ジェイの『血の契約』が切れた」

「ということは……」

「奴は、死んだ」


 アサトは、ゲンジロウを安全な場所に逃がしたあと、龍崎宅へ戻った。だが、そこにはジェイの姿はなかった。

 その時点で、アサトは嫌な予感はしていたのだが。


「ということは、奴の力が連中に渡ったということではありませんか。これは、非常に危機的な状況では……」


 アサトは、焦燥感を覚える。それに対し、ウラトは妙に落ち着きはらっていた。


「だから、手は打ってあると言っておろうが」

 ウラトはニヤリと笑った。



***


 ――ミドリ製薬研究所。


「321号はまだ眠っているの?」

「はい」


 研究所の主任であるモリノ=イリナは、目の前にいるシラユリ=カノコという研究員に話しかけた。


「なんでも、大暴れした後、眠りに落ちたって話だけど」

「はい。なんでも昨日、『連続人体爆発事件』の犯人を吸血したそうです」


「犯人、ねぇ……」


 サトシ――研究所では321号と呼ばれている――には、吸血した相手の記憶を得る能力がある。それだけではなく、相手が、なんらかの特殊能力があれば、それを得ることもできる。


 だが、如何せん『特殊能力』を持っている人間などというものは、そうそういやしない。だからか、これに関しては不明瞭な点が多い。


 おまけに、今回は人体を爆発させるような力を持った人間を吸血したのだ。精神になんらかの影響があっても、おかしくないだろう。


 そもそも、吸血した相手は人間と呼べる存在だったのか? サトシと同じくヴァンパイアか? それとも……


「それにしても、眠ってくれて助かったわ。ただでさえ持て余してたのよ。これ以上強くなってごらんなさい。

おまけに、暴れられでもしたら、ここは間違いなく消滅するわよ。そうなったら、揉み消すのは無理でしょう」


「消滅したら、揉み消す必要はないんじゃないですか?」

「それもそうね……て、洒落にならないわよ」


 イリナは溜息をついた。

「このまま、誰かが持ち去ってくれればいいのに……」


***



 今しがた、イリナと話をしていたカノコは、トイレに向かっていた。

 カノコは一人になりたかった。だが、研究所内で一人になれるところが、トイレしか思い浮かばなかったからである。


 周囲を見回し、誰も居ない事を確認する。個室に入ると、人差し指を眉間に当てる。眉間の人差し指に意識を集中させながら、独り言を口にした。


「イハラ 。今、ジェイを吸血した奴は眠ってるよ」

『そうか』


 カノコの頭の中に、ウラトの声が響いてきた。テレパシーである。


「で、どうするの?」

『奴を連れ出す、ということは出来そうか?』

「モリノは手放したがってるよ」

『そいつは主任だ』


「モリノ曰く、所長も手を焼いてるみたい。なにせ、研究員が二人も殺されてるからね」

『成程な。もしかしたら、そっちの方でも協力してくれるかもしれん。

『殺された研究員についてだが、一人の方は調べがついた。なんでも、内部告発するつもりだったそうだ』


「内部告発を阻止するために殺した、ってこと?」

『そこはまだわからん。ただ、家族がそういう話をしていた。だから、万が一を考え、余が、その家族を保護している』


「もう一人は?」

『こっちは『実験中の事故』だ。研究所でなにをやってるのかを考えたら、特段驚くことでもない』


「ところで、なんでそんな話したの?」

『ここの研究員は、むしろ、そいつがいなくなってくれた方が助かる、という話だ』


「ふーん。アタシは別にどうでもいいけどね。まぁ、カナにしたら、何かあったら嫌なんだろうけど」


 カノコはテレパシーを終え、トイレから出ていった。



***


 ――伊原邸。


「ウラト様。先程のは……」


「『協力者』だ。余は協力者と『血の契約』を交わしたのでな。本社から少し離れたところに、ミドリ製薬の研究所がある。そこに協力者を潜入させておる」


「研究所、ですか。『本社から離れたところ』というのは……」

「そこで事故が起こったとなると、色々と面倒なことになると踏んだ。だからあえて、本社と離したのだろう」


「本社と離れてるとはいえ、警備は厳重であることに変わりはありません……どのようにして、潜入させたのですか?」


「余をなんだと思っておる。余は、日本を牛耳る闇の支配者だぞ。ミドリ製薬は天下り先でもある。余の息のかかったものを、そこに滑り込ませておるのだ」


「そういうことでしたか……その『協力者』に何をさせるおつもりで?」


「ジェイを吸血した、セントウダ=サトシをここに連れていく」


「ウラト様、なぜそのような事を?」


「いずれ、わかる」



***


 ――研究所。


「321号を、別の場所に移動させることになりました」

「ええ? そんな話、聞いてないわよ」


 カノコから報告を受けたイリナは、困惑した。


「所長の許可を貰いましたので」

「なんでそんな大事な話、主任である私に通さないのよ……」


 321号の存在自体、ミドリ製薬のトップシークレットそのものだ。

 使いものにならなくなったとはいえ、いなくなったいなくなったで大問題である。どんな処分が下されるか、わかったものではない。


「そもそも、なんで所長は運び出すことを許したのかしら?」

 イリナは首を傾げた。


「研究所の裏に車を停めましたので、そこまで移動させてください」


 カノコはイリナの目を見た。たちまち、イリナの顔から困惑の色が消えた。


「……わかったわ。では早速始めましょう」

 イリナは、サトシを運ぶようにと、研究員に指示を出した。



***


 アンリは、警備員として研究所に回されていた。

 いつものように、研究所内を見回す。


「おはようございます」

 アンリは研究員に挨拶をしたが、無視された。それとともに、冷ややかな視線を浴びたような気がする


「うう……」

 アンリは、研究所の異動が決まったとき、コウゾウから、こんな話を聞かされていた――


「――セントウダ君はね、警備員として研究所に回されてたんだよ」

「そうだったんですか?」


「ああ。でもある日、セントウダ君は『研究所で開発している新薬の被検者になりたい』って言ったんだ」


「ええ!?」

 アンリは驚きのあまり、声を上げてしまった。


「先輩がヴァンパイアになったのは、もしかして、それですか!?」

「そうだねぇ」


「なんでそんなことしたんですか!?」

「俺に聞かれても困るよ。理由を話してくれなかったし。いまでも、わかんないし」


「話の途中なのに遮ってしまい、申し訳ありませんっ」

 アンリは申し訳なさそうにしていた。


「いいよいいよ。誰だって、びっくりするよ。こんな事聞いたら。じゃ、続けるね。


「それで結局、研究所側も了承して、被験者になってもらった。当初は、ここと研究所を行き来してたし、研究員とも良好な関係だった。

でも、ある日を境に、セントウダ君は研究所から出られなくなった。オマケに研究員とも険悪になっている」


「それって、つまり…」

「セントウダ君は俺の部下だ。疑うマネはしたくない。ただ、状況から見て、とんでもない事をやらかした。その可能性が高いんだよな」


「ええと……」

「そういうわけなんで、俺たち特総は、研究員から恨まれてる可能性が高い。でも、何かあったら、俺に相談しろ! 話だけなら、聞いてやれるから」


 コウゾウは握りこぶしを作り、自分の胸を叩いた――


「部長!どこから来たんですか!その根拠の無い自信は!」

 アンリは悲痛な面持ちになった。


 うなだれていたアンリの前に、見覚えのある棺桶のようなケースが運ばれてきた。


「……あれは、先輩?」


 サトシは、今、眠りについていると聞かされている。

 眠っていることは本社にも伝わっているだろう。出動命令はないはずだ。何故、運ばれているのだろうか。


「あの、失礼します!」

 いてもたってもいられず、アンリはケースを運んでいる研究員に声をかけた。


「そのケースの中にいるのはセントウダ……321号ですよね?」

 アンリとしては、自分の先輩を番号で呼びたくない。しかし、研究員は番号で呼んでいるのだ。ここはやむを得ない。


 研究員は、呼び止めたアンリを睨みつけた。

「……完全に、アウェーですね、私……」


 本社命令であるなら、やむを得ない。

 だが、サトシはまだどうなるのか分からない。もしかしたら、目を覚ますのかもしれない。

 そう考えたら、研究所から連れ出すのは得策ではないだろう。


 何かがおかしい。アンリは直感した。だから、研究員を呼び止めたのである。疎んじられているにも関わらず。


「あなた。本社から来た、キノシタ=アンリさんでしたっけ?」


 アンリに唯一敵意を向けていない、女の研究員が声をかけた。


 何故この女は、自分に敵意を向けてこないのか。にっくき特殊総務部だというのに。


 ――この女、もしかしたら、スパイではないのか? ――

 そう直感したアンリは、懐にしまった銃を取り出そうとした。

 それを見て、女研究員はアンリの目を見つめる。


「あなた、死にたくないでしょ? だったら、ここは素直に引いてよ。アタシだって、死人を出したくないし」


 アンリは見つめられているうちに、銃を取り出そうとした手がだらんと下がる。

 そして、その場に釘付けになったかのように、立ち尽くしていた。



***


「――321号を、あの車に移します」


 研究員は、サトシが入ったケースを研究所の裏口まで移動させる。裏口には一台の車が停まっている。研究員は、ケースを車に積めた。


「皆様、お疲れ様でした。では、私が責任を持って321号をお運びいたします」


 共にケースを運び出していたカノコは、他の研究員に一礼する。車に乗り込み、そのまま研究所を後にした。



「予想以上にスムーズでしたね。お疲れ様でした」

 車中、運転手の女性がカノコを労った。


「催眠術使えば楽勝楽勝。死人どころか、怪我人も出てないよ」

「今後、どうなるかは分かりませんけどね」


「ミドリ製薬の人間がどうなろうと知ったこっちゃないよ。アタシは、カナさえ無事ならそれでいいんだ」

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